里山川海を歩くライターの活動記録

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【DoChubu掲載】大人気の焼きガキ食べ放題!森、川、海の恵みをうけて育つ鳥羽の「浦村カキ」

〈『DoChubu』2010年3月2日更新、2020年4月20日加筆修正〉

冬から春先にかけておいしいのがカキです。この時期は栄養をたっぷり蓄えていることから、味も良くて身もぷりぷり。グリコーゲンやタウリン、カルシウムなど多くの栄養成分を含んでいて、「海のミルク」とも呼ばれています。煮たり焼いたり揚げたり、生食用はそのままでも。いろいろな食べ方で味わうことができる人気の貝類です。

養殖カキの産地として、全国でも有名なのは広島、宮城県ですが、この伊勢湾でもたくさん生産されていることを知っていましたか?湾に面した三重県鳥羽、志摩市などの産地では、10月頃から始まったカキの出荷が最盛期を迎えています。

なかでも鳥羽市の浦村町は、県内でもっとも養殖が盛んなところ。ここでとれたものは「浦村カキ」として、東京や大阪、名古屋などに出荷されています。生産者がカキ小屋で提供する焼きガキの食べ放題も人気で、シーズン中は多くの客が訪れます。そんな養殖の現場を見ようと、浦村をたずねてみました。

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甘みがあって身もプリプリ。焼いて食べるのが人気の「浦村カキ」

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バス停「浦村」からのぞむ麻生浦湾。養殖のイカダがたくさん浮かんでいます

浦村へ向かったのは、寒さの厳しい1月下旬。JR・近鉄鳥羽駅から、バスにゆられること約40分。のぼりくだりの激しいまがりくねった海沿いの道を進むと、人口約1000人の漁師町が見えてきます。晴れ渡る空の下には、伊勢湾へとつながる麻生浦(おおのうら)湾が広がって、たくさんのカキ養殖のイカダが浮かんでいました。

浦村で養殖されているカキは、日本でとれるもっとも代表的な種類のマガキです。イカダからロープでカキを海中に吊るす、「垂下式」と呼ばれる方法で育てられています。
麻生浦湾では82の業者が養殖を営み、1250基のイカダが浮かんでいます。カキの稚貝である「種ガキ」を仕入れるのは毎年10月。「種ガキ」はホタテの貝殻にびっしりとついており、その貝殻に穴をあけてロープを通し海中に吊るします。そして1年間海のなかで育てられ、たっぷりと身のついた翌年に収穫されます。

カキを収穫しに湾内のイカダへ

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水揚げされるカキ。写真の右側にある貝割り機によってばらされて、カゴのなかに落ちていきます

浦村の漁港に到着したのは午後3時すぎ。この日うかがったのは、浜田英夫さんと息子の章吾さんが経営する浜英水産です。英夫さんはカキ養殖を営んで30年以上になるベテランで、章吾さんも漁師歴は10年以上。夕方に章吾さんがカキを収穫しに行くというので、さっそく現場を見せてもらいました。

加工場のすぐ前に係留されていた小型の漁船に乗って、章吾さんと湾内にあるイカダへ。5分ほどで到着すると、章吾さんはすぐにイカダに飛び移り、カキを吊るしている長さ約7メートルのロープを手でたぐりよせて、漁船のほうへと引っ張ります。船に積んでいるウインチにロープを取り付けて巻き上げると、海中からカキが勢いよく姿をあらわします。いくつもが密着した黒い大きなかたまりを、貝割り機に通してばらしていきます。しぶきをあちこちに飛ばし、ガラガラと音をたてながら、たくさんのカキがカゴを埋めていきます。

びっしりとカキがついたロープの重さは、海中でも30キロぐらい。ロープ1本からとれるカキは、100キロを超えるそうです。章吾さんが引っ張っているロープを持たせてもらいましたが、あまりの重さに耐えきれず、すぐに代わってもらいました。こうした重労働の連続で、多くの養殖業者が腰を痛めてしまうそうです。この日にあげたロープは10本で、収穫したカキは1トンを超えました。現場での作業は40分ほどで終わりましたが、体はすっかり冷え切ってしまい、陸にあがってからも震えがしばらく止まりませんでした。

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(左)収穫したカキはクレーンを使って加工場へ。 (右)加工場では選別や貝掃除などを手作業で行います

収穫して加工場へと運んだカキは、手作業で一つずつにばらして不良なものをとりのぞき、付着物や汚れを落としていきます。その後はネットに分けて入れ、再び海にもどして1ヶ月ほど畜養します。低い密度の環境でしばらく育てると、身の入りがさらに良くなるそうです。さらに生食用のカキは畜養した後で、殺菌海水が流れる水槽に活かしたまま一定時間いれて浄化します。収穫されたカキは、人の手による様々な作業をへて、むき身や殻付きの商品として出荷されています。

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イカダや加工場を案内してくれた浜田章吾さん

「実際は手間がかかって、すごく大変なんですよ」と話す章吾さん。イカダや加工場での作業を見て、カキ養殖が体を酷使する厳しい仕事で、出荷までには多くの労力と時間がかかることを知りました。浜英水産では、加工場の横にある店で焼きガキなどの料理も提供しています。3月末までの出荷シーズン中は、カキの収穫から加工だけでなく、料理の仕込みや店での接客など、早朝から夜遅くまで家族で作業に追われる忙しい日が続きます。

とれたては焼いて食べるのが一番

この季節、焼きガキの食べ放題が楽しめる浦村町は鳥羽の人気スポットです。町内には養殖業者らが経営するカキ小屋が22軒あり、旬の海の味覚を求めて県内外から多くの客が訪れます。

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(左)食べ放題で人気の焼きガキ。 (右)ご飯、フライ、グラタンなど浜英水産が提供するカキを使った料理

浜英水産で提供する焼きガキ食べ放題のメニュー(大人1人2500円)には、焼きガキのほかにも、カキのご飯、味噌汁、フライ、グラタンなどがつきます。店にくる客のほとんどはリピーター。東海、関西方面からが多く、予約は1ヶ月先まで埋まっているそうです。網のうえで焼かれたカキは、殻が真っ黒でアツアツ。軍手をつけて専用ナイフでザクッと殻を開けると、汁気たっぷりのプリッとした身があらわれます。たまらず口に入れると、甘みと潮のしょっぱさが広がって、さらに食欲がわいてきます。

そんな浦村のカキですが、昨年10月にこの地方をおそった台風18号によって、かつてないほどの大きな被害を受けました。イカダの多くが流されて、たくさんのカキを失ってしまったのです。鳥羽磯部漁協浦村支所によると、今シーズンのこれまでの生産量は例年の6割ぐらいで推移しているとのこと。「こんな経験したことがない。もう再起は無理だと思った」。長年にわたって浦村の海を見続けてきた英夫さんが、その時の悲惨な状況を振り返ります。それでも養殖業者は団結して壊れたイカダを回収。1ヶ月にもわたる復旧作業で、なんとか収穫シーズンを迎えることができたのです。

浦村の養殖業者からは、伊勢湾に注ぐ木曽、長良、揖斐川木曽三川がとても大切だとの話を聞きます。これらの川によって運ばれてきた山からの栄養分が、伊勢湾をとおって浦村の海にまで流れ込み、カキの餌となるプランクトンを育てているそうです。その豊富なプランクトンをたくさん食べて、小さな「種ガキ」から身のたっぷりついたカキへと1年で成長するのです。

一つにつながっている森、川、海。その豊かな自然の恵みと生産者の日々の努力によって育てられた「浦村カキ」。いろんな食べ方でおいしく味わうことができますが、とれたてはそのまま焼いて食べるのが一番!食べだしたらとまらない。そんな浦村の焼きガキをぜひ味わってみてください。(新美貴資)

※記事中に記載のある価格は、取材当時のものです。

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