里山川海を歩くライターの活動記録

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【DoChubu掲載】尾張の郷土料理「ボラ雑炊」をいただく!第39回「味わって知る わたしたちの海」

〈『DoChubu』2010年11月30日更新、2020年4月20日加筆修正〉

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尾張西部から木曽三川河口あたりで昔から食べられていた「ボラ雑炊」

伊勢・三河湾流域でとれる魚介類を調理して味わう人気の講座「味わって知る わたしたちの海」(主催:伊勢・三河湾流域ネットワーク、山崎川グリーンマップ)の今年度(2010年)第5回目が2010年10月2日(土)、名古屋市東区のウィルあいち(愛知県女性総合センター)で開かれました。

毎回、なごや環境大学の共育講座で行われているこの催しですが、今回は「いのちの多様性フォーラムJAPAN」(主催:生物多様性条約市民ネットワークジェンダー・マイノリティ部会、NPOウィル21フォーラム)というイベントの分科会の一つとして開催されました。

名古屋で最後の漁師と言われている犬飼一夫さんを迎え、尾張地域の西部から木曽三川の河口あたりまでに伝わる郷土料理「ボラ雑炊」など、藤前干潟を守る会の佐野すま子さんの指導を受けながら参加者で楽しく調理しました。かつては多様な生き物であふれ、様々な漁業が行われていた名古屋の海について、犬飼さんから当時の様子をうかがい、白身の高級魚として食べられていたボラ料理を味わいました。

白身の高級魚であったボラ

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ボラのホクホクした身がたっぷり入っています

かつては漁師町として栄えた名古屋市中川区の下之一色町庄内川と新川に挟まれたこのあたり一帯は伊勢湾最奥部の漁業地区として、地先の海では昔から様々な漁やノリ養殖などが行われ、町内には魚屋、加工業を営む店、工場がいくつも並び、多くの人々でにぎわっていたそうです。伊勢湾台風によって大きな打撃を受け、高潮防波堤の建設などから漁場を失い、漁業ができなくなってからは次第に衰退。人口も減って住民の高齢化が進んでいます。この地で最後まで漁を行っていた犬飼さんは、現在も下之一色で暮らし、かつて名古屋に存在した豊かな海の様子を伝え続けています。

ボラはスズキに次ぐ白身の高級魚であったことから、下之一色でも普段はあまり食べることのできない魚だったそうですが、大勢の漁師と一緒に「あぐり網」という漁を団体で行っていた犬飼さんは仲間が集まる会合のときなど、刺身や煮付けにして食べることが多かったとのこと。なかでも「ボラ雑炊」は、漁師同士で励ましあいながら食べた、若い頃の記憶がよみがえる思い出の料理なのだそうです。

ハク、コボ、イナ、ボラ、大ボラ、トドボラなどと成長のたびに呼び名が変わるボラ。三重県の熊野から伊勢沖の太平洋で生まれ、春には伊勢・三河湾の浅い干潟や川へのぼって夏を過ごし、成長して一人前の大きさになった頃、鳥羽の沖まで下って冬を過ごすのだそうです。ちょうどいまが旬のボラ。今日の料理では、犬飼さんが特別に取り寄せてくれた熊野沖でとれたものを使いました。

豊饒の海を思い浮かべ、郷土の料理をいただく

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この日のメニュー。ボラ雑炊、ボラの刺身、海鮮汁、サツモイモのツルの漬物、果物(アケビ、ブドウ)など

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(左)さっぱりした味のボラの刺身 (右)佐野さんが作ってくれたサツマイモのツルの漬物

この日に調理したのは「ボラ雑炊」「ボラの刺身」のほか、いま伊勢・三河湾でとれているワタリガニやスズキの入った「海鮮汁」など。佐野さん手作りの「サツマイモのツルの漬物」や「梅干のみそ漬け」なども加わり、豪華で盛りだくさんなメニューになりました。

「ボラ雑炊」は、雑炊というよりも炊き込みご飯のような感じ。ボラのホクホクした白身がたっぷり入っていて、ボリューム感たっぷりです。青じその実と一緒にいただいた刺身は、歯ごたえがコリコリで新鮮そのもの。さっぱりとした味わいで、口に入れるとほのかな甘みが広がりました。佐野さん手作りの漬物、サツマイモのツルも驚くほどのやわらかさ。たっぷりの「ボラ雑炊」と一緒においしくいただきました。

今回の料理は、どれも初めて食べるものばかり。犬飼さん、佐野さんのお話を聞きながらいただいていると、なぜか懐かしさのようなものが料理から伝わってきて、その味わいにより一層の深みを感じました。いまは失われてしまったかつての豊穣の海を思い浮かべながら、郷土の料理をゆっくり堪能することができました。

かつての豊かな海を再び

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名古屋にもあった豊かな海、そこで行われていた漁について語る犬飼さん

このイベントを企画、運営している山崎川グリーンマップの代表・大矢美紀さんが、名古屋の漁師町であった下之一色について説明した後、犬飼さんを紹介。続いて犬飼さんがかつて行っていた漁など、自身の体験もまじえながら、ボラについていろいろと語ってくれました。犬飼さんは最近のボラについて、名古屋港などの港が大型化して水深が深くなり、水温が暖かくなったことから南へ下らずに越冬するものが多く、その結果「人間の生活排水のにおいのするものが増えた。一番におうのは洗剤」だと話しました。

今日いただいた伊勢湾の外海、熊野沖でとれたボラはまったく臭みもなく、さっぱりとしたクセのない白身でとても食べやすい味でした。かつては高級魚として、様々な調理法で食べられていた魚が利用されていないのは、とてももったいなく残念なことです。

「みなさんの力で店頭にボラが並ぶことを期待したい」と話す犬飼さん。

とれた場所のものによっては、独特のにおいがあることから敬遠されがちなボラ。名古屋市内のスーパーや魚屋をのぞいてもまず見ることがなく、編集員にとっても馴染みの薄い魚でしたが、とてもおいしく食べることができ、これまで抱いていたイメージが大きく変わりました。

毎回、この「味わって知る わたしたちの海」でいただく魚料理のどれもが、また食べたいと思うおいしさなのですが、この日の「ボラ雑炊」もその一品として新たに加わりました。参加したみなさん、かつて名古屋の地先に広がっていた豊かな海の存在を、まさに「味わって知る」ことができたのではないでしょうか。犬飼さんが語る言葉の一つひとつが重くうちに響いてくる。今回もとても大きな学びの時間となりました。

(新美貴資)

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