〈『DoChubu』2011年5月28日更新、2020年4月21日加筆修正〉
なんともいえない不思議な色と形をした海の生き物、ナマコ。その身を酢の物でいただいたことがある方も多いでしょう。コリコリした歯ごたえが独特な海の珍味です。そんなナマコですが、一部の沿岸部をのぞいて、スーパーや魚屋では見ることがほとんどなく、一般には馴染みのうすい食材かもしれません。伊勢・三河湾でも冬から初春にかけて、ナマコ漁が盛んに行われています。
三河湾にうかぶ西尾市一色町の佐久島もナマコの産地の一つです。周囲11キロほどの島に約290人が暮らし、漁業や観光業を営んでいます。豊かな自然が今も残り、神社や寺、古墳など歴史のある名所も数多く、近年は活性化に向けた取り組みも進んでいます。島のあちこちには、ユニークなアート作品が置かれ、休日は観光客でにぎわいます。
そんな島の周囲は起伏に富んだ海岸線が続き、その先には青々とした海が広がり、島では様々な魚介類が一年を通じて獲られています。今回は島で獲れたナマコを見てみたいと思い、漁が行われているシーズン中に佐久島を訪れました。
船に乗ってナマコ漁を体感
佐久島へ渡ったのは、ようやくすこし暖かさか感じられるようになってきた3月下旬。天気はほとんど雲もない快晴。ちょうどこの日がアサリをとる潮干狩りの解禁日で、一色港から島へ向かう渡船は年輩から若者まで、グループや家族連れなどの乗客でほぼ満席でした。にぎやかな船に乗り続けること約30分。木々におおわれた島が徐々に近づくと、期待感が一気に高まります。
この日、佐久島で獲れるナマコについていろいろ教えてくれたのが、民宿「「市兵衛」を営む鈴木和男さんです。一年を通して漁も行っており、ナマコやアサリ、地魚など、島で獲れた新鮮な海の幸を宿の料理で提供しています。午前中に島へと渡り、島内のあちこちをしばらく散策。ナマコを獲っている鈴木さんの船に午後から乗せてもらい、実際の漁を見せてもらいました。
佐久島でナマコを獲る漁法は、小型底びき、ナマコカギの2つ。鈴木さんが奥さん、息子さんと3人で、今朝から行っているのは小型底びきです。鉄製の「ケタ」と呼ぶ漁具を沈めて漁船で引っ張り、底にいるナマコをさらう漁法で、島では「ナマコヒキ」と呼ばれています。ナマコカギは、ハコメガネをのぞきこんで船のうえから海底のナマコを探し、かぎのついた竿でひっかけてとる漁法で、こちらは「カケゴ」と呼ばれています。
獲れるナマコはクロ、アオ、アカの3種類
島の東港から鈴木さんの漁船に乗せてもらい、さっそくナマコ漁へ。鈴木さんが舵をとる漁船は、東港からすぐ近くの漁場に到着。漁船につまれた7つあるケタを家族がそれぞれ持ち上げ、次々と海の中へほうっていきます。ケタが全て投入されると、鈴木さんは船を左右にふりながら、ゆっくりとした速度で底をひいていきます。
20分ほどひくと船を止めて、水深4メートルほどの底からロープをたぐり、ケタを引き寄せていきます。二人がかりでケタを船内にあげると、中に入っていた漁獲物がどさっと勢いよく足下にふるい落とされます。顔を近づけてよく見ると、石や海藻にまじって、黒や赤い色のつやつやしたいくつかのナマコを見つけました。ケタを引いていると、ナマコの他にもサザエやニシガイなどが獲れるそうです。
朝の8時半から操業している鈴木さん。この日の漁についてたずねると、「まあまあだね」と笑顔をみせます。漁では、漁場を変えながらケタを沈めて漁船で引っ張り、再びあげる作業を繰り返します。ナマコにはクロ、アオ、アカと3種類ありますが、今の時期にたくさん獲れるのはクロナマコ。佐久島で行われているナマコ漁のシーズンは12月初めから3月いっぱいまで。その後は旬を迎えるアサリへと漁の対象は移ります。
ナマコの新たな料理を考案
その後、民宿「市衛兵」にお邪魔して、この日の漁を終えた鈴木さん、西三河漁協佐久島支所の副支所長であるベテラン漁師の筒井敏之さんのお二人から、島のナマコについてお話をうかがいました。
佐久島では1996年に島民のボランティアによる「島を美しくつくる会」が発足。以来、過疎化が進む島の活性化を図ろうと活動を続けています。鈴木さんは同会の美食分科会リーダー、筒井さんは漁師分科会のリーダーでもあります。
美食分科会では、島でとれる食材を使った新たな料理を提案。観光客を呼び込もうと精力的に取り組んでいます。その一つが、昨年末に考案したナマコの茶漬けです。民宿で奥さんと一緒に調理も担当する鈴木さんが作ってくれました。適度にゆでて霜降りとなったアオナマコの身は絶妙なコリコリ感。茶漬けの良いアクセントとなって、これが意外にもよく合います。
続いていただいたのは、美食分科会が10年ほど前に考案したというクロナマコの唐揚げ。真っ黒な見た目にちょっと驚くも、ムニュっとした食感がなんともいえず、ナマコ本来がもつ塩気もよく効いていて、1個、2個と箸が止まりません。
もともと、見た目もあまりよくないことから売り物にならず、獲れても漁師はみんなほかっていたというクロナマコ。それをなんとか利用できないか、漁師から相談を受けて美食分科会で検討を重ねて完成させたのが唐揚げです。島で開かれた試食会でも、当初は敬遠されたそうですが、実際に食べた方からの反応は上々だったそうです。今では中国での料理食材としての需要も大きく、クロナマコは島の漁師にとって重要な漁獲物となっています。
ナマコと聞いて、お酒の好きな方がまず思い浮かべるのは長い腸を塩漬けにした珍味のコノワタでしょう。佐久島でもコノワタづくりは昔から盛んで、殿様に献上していたと言われるぐらい長い歴史をもっています。多くの漁師が自ら獲ったナマコを手作業でさばき、代々伝わる独自の加工法で製造しています。
自然の恵みをいかして元気に
鈴木さんが調理してくれたいろんなナマコ料理をいただきましたが、その食感と味はどれもが異なり驚きの連続でした。身質が異なるクロ、アオ、アカのナマコ。それぞれの旬の時期を見極め、その時の身質にあった最適な調理法で提供しなければなりません。「ちょっと湯に通すとすぐにやわらかくなる。逆にゆですぎると固くなる」。調理の難しさについて鈴木さんが語ります。
見た目も鮮やかなアカナマコの刺身。今の時期は渋みがでるそうですが、まだまだおいしくいただけるとのこと。口に入れるとたしかに渋みはなく、ほんのりとした甘みが。「アカナマコはうまいよね」と筒井さんが話すと、「12月のものは食べると本当に甘いよ」と鈴木さんも笑顔で答えます。
どんな漁もそうですが、ナマコ漁にもいろんな苦労があります。「昨日も朝ナマコをあげにいって冷たかった。風が吹いたり雪が降ったりするときもあるし」と筒井さん。船の上でハコメガネをのぞきこんで行うカケゴも、長時間波にゆられて酔ってしまう漁師もいるそう。また、ナマコは鮮度がとても大切で、ワタを取り出す作業が行われるのは出荷の前夜。家族総出による長時間の労働が陸でも待っています。
島の資源を絶やすことなく守りながら上手に利用していく。そして自然がもたらしてくれる恵みを生かして、島をもっと元気にしたい。
鈴木さん、筒井さんが語る一つひとつの言葉から、島への深い思いが伝わってきます。お二人のにこやかな笑顔がとても印象的で、島の人たちの明るさが、新たな魅力を生む源泉になっているのではと感じました。
心もお腹も満ち足りた佐久島での一日はあっという間。夕方の最終の渡船の時間が近づくと、なんだか寂しさがこみ上げます。また訪れて、たくさんの笑顔、そして魚たちと出会いたい。そんな思いを胸に夕暮れの佐久島を後にしました。(新美貴資)