里山川海を歩くライターの活動記録

水産のいろんな世界を歩き見て、ひとの営みや暮らしを伝えています

【DoChubu掲載】伝統がいまなお息づく美し島。多種多様な漁でにぎわう鳥羽・答志島

〈『DoChubu』2012年1月4日更新、2020年4月22日加筆修正〉

f:id:takashi213:20200313172338p:plain

答志漁港にずらりとならぶ漁船。港と海とを絶えず行き来し島は活気にあふれていました

今回、産地探訪の旅で訪れたのは、三重県鳥羽市の地先にうかぶ答志(とうし)島です。伊勢湾の玄関口にあたる鳥羽の海は、昔から好漁場で漁業の盛んなところ。同市には答志島のほか、神島、菅島、坂手島と4つの有人の島があり、多くの島民が漁を営み、海とともに暮らす生活を送っています。

以前にこのコーナーで、三河湾篠島佐久島を歩き、その時期に獲れる魚介類や漁港の様子、魚料理などを紹介しました。どんな島にも、起伏にとんだ景観があり、古くからの歴史や伝統が受け継がれ、生活のなかに息づいています。歩けばあるくほど新たな発見や驚き、出会いのある島には、なんともいえない不思議な魅力があるのです。

ずっと前から歩いてみたいと思っていた鳥羽の離島。伊勢・三河湾には、鳥羽の4島を含め人の暮らす島が7つあるのですが、このうち最も大きいのが答志島です。周囲は約26キロメートル、2600人ほどが暮らすこの島は、鳥羽の地先から伊勢湾口のなかへ細長く突き出し、複雑に入り組んだ形をしています。この島には、どんな漁港や魚市場があって、どんな魚があがっているのか。秋の深まる11月の上旬、鳥羽駅近くの佐田浜港から午前9時すぎに出港する市営の定期船に乗ってむかいました。

この日は曇りでちょっと肌寒い天気。空を見るといまにも雨が降り出しそうです。定期船の乗客は、釣竿を携え小さな子どもを連れた親子、旅姿の年輩夫婦、中年の女性グループなどが数組いるだけ。のんびりとした空気がただようなか、船は大きな揺れもなくゆっくりと進んでいきます。途中、菅島の港に寄り、ないだ海面のうえを航行すること約20分。目指す島影が近づいて姿を現しはじめると、ふくらむ期待で気持ちが徐々に高ぶってきます。

獲れた魚を大切に扱う魚市場

f:id:takashi213:20200313172412p:plain

いろんな種類の活魚や鮮魚がセリにかけられる魚市場

f:id:takashi213:20200313172436p:plain

魚市場にならんでいたカサゴ(左)とキス(右)

f:id:takashi213:20200313172508p:plain

(左)50センチはありそうな大きなマダイ。(右)どうしても見たかったイセエビ。20尾ほどが活きの状態でセリにかけられていました

f:id:takashi213:20200313172803p:plain

島で獲れる魚や魚市場のことなどを教えてくれた鳥羽磯部漁協答志支所理事の中村幸平さん

定期船から降り立ったのは、答志島の東端にあって伊勢湾口に面した答志漁港。島には人家の密集する答志、和具、桃取の3つ地区があり、それぞれに漁港が備わっています。なかでも答志地区は人の数がもっとも多く、多種多様な漁が営まれています。どんな魚があがっているのかをこの目で確かめようと、船着場から歩いてすぐのところにある鳥羽磯部漁協答志支所の魚市場をさっそく訪ねてみました。

案内してくれたのは同支所理事の中村幸平さん。漁港内にある魚市場は、高度な衛生管理が行き届いており、産地の市場ではめずらしい密閉された形の建物。獲れた魚がならぶ荷さばき場と陸側の外部とは、壁やシャッターで隔てられ、異物などが入らないよう仕切られていました。魚市場内への車両の進入は禁止。外からの関係者の出入りは、決められた箇所に限られ、入り口の床には消毒槽が。ここに長靴の底をしっかり浸け、汚れや雑菌を落としてから入場するのです。

魚市場のなかをぐるっと見渡し魚を探したのですが、その姿はどこにも見えません。不思議に思っていると、中村さんは足元をおおう厚い大きなビニールシートをすこしめくります。その下から現れたのは、輝く体に澄んだ目をした魚たち。サワラ、イシモチ、マダイ、キス、ソイ、コショウダイメバル、コチ、ホラガイ……。魚の入ったプラスチック製のカゴには、たくさんの氷が詰められ、しっかりと鮮度が保たれていました。

11時になると鮮魚のセリが始まります。真剣な表情で魚を囲み、一つひとつを吟味する仲買の人たち。セリ人のかけ声が響きわたるなか、人の輪は形を変えずにどんどん移動し、獲れたばかりの魚や貝が次々と競り落とされていきます。答志の漁師たちは夫婦、親子、仲間で伊勢湾へと繰り出し、四季を通じていろんな魚を漁獲します。漁の種類は20以上もあり、「獲れる魚種は年間で100を超える」というから驚きです。中村さんも元は漁師。おすすめの魚をたずねると、「全部おいしいから一つには選べない」。島の魚を知り尽くしたベテランは、そう答えて顔をほころばせます。

「漁師が魚を製品として扱う」。この意識が大切だと中村さんは言葉に力を込めます。獲れた魚は船上でたっぷりの氷につめて鮮度を保つ。魚市場での衛生管理だけでなく漁獲から流通まで、同支所では10年以上も前から新たな取り組みを積極的に導入し、島の経済の基盤である漁業の活性化に力を注いできました。旅館業者もセリに参加し、直接魚を買い付けることができる開かれた魚市場は、一般人が見ることも可能。年間3000人ほどが訪れ、修学旅行生の見学や漁業関係者の視察も多いそうです。

中村さんに言われて気付いたのですが、この魚市場では魚臭さがまったく感じられません。セリで魚を扱うカゴやパレット、何十もある風呂桶のような活魚を入れる大きな水槽も、支所の職員が毎日一つひとつ洗っているのだそうです。水揚げされた魚は、島の漁師や魚市場関係者、仲買人らの手によって大切に扱われ、地元で消費されたり大都市の市場などへ出荷されています。

漁港はどこも大忙し

f:id:takashi213:20200313172835p:plain

魚の水揚げから選別、梱包で大忙しの漁港

f:id:takashi213:20200313172901p:plain

シラスを積んだ運搬船が漁場からまっすぐ帰港。シラスのどっさりつまったカゴが次々と港にあがります

f:id:takashi213:20200313172929p:plain

近くにいた漁師さんが獲れたてのシラスを見せてくれました

魚市場を後にして漁港の周辺をしばらく散策することに。蛸壺の山や浮き子が転がる静かな船だまりを歩いていると、道ぞいにならぶ海女小屋の前ではおばあちゃんたちが腰をかけて談笑中です。答志にもう一つあるという漁港についてたずねると、今から行くからついておいでと案内してくれました。

「答志はなんでも一年中獲れる。これからはナマコだよ」。道中いろんな話をうかがいながら、元気なおばあちゃんたちの後をしばらくついて歩く。小山の下をくぐって長いトンネルをぬけると、そこにはもう一つの港が。すでに漁を終えたのか、多くの漁船が身を寄せ合うように停まり、しばしの休息をとっていました。

さらに進むと漁港の荷さばき場では、ちょうどまき網漁船が水揚げをしているところ。多くの女性たちが魚を手にきびきびと忙しく働いています。水槽から大きなタモで運ばれる40センチはありそうなコショウダイ。サバやブリの子どものイナダが台のうえにざざっとあけられ、選別されたものから次々と出荷用の発砲スチロールにつめられていきます。

そのすぐ隣では、シラスの水揚げの最中。獲れたばかりのシラスを積んだ運搬船が漁場から急ぎ足で帰港。港で待ち構える女性たちが抜群の連携で、ずっしりと重くなったカゴを受け取ります。

ちょうどこのとき出会ったのが漁師歴50年以上になる中村助三郎さん。「シラスは伊勢湾のなかに入らんとうまくない。湾に入ってから脂がのる」。その太ったシラスを食べるからサワラやイナダも脂がのってくるのだそう。長年の経験からこんこんとわきでる魚のお話。産地を歩いていてなによりもうれしいのは、こうした語りが聞けることなのです。

ここで先ほどのおばあちゃんと再会。言われて手を差し出すと、つやつやのシラスを一つかみし、にっこり笑って手のひらにのせてくれました。そのまま口のなかへほうりこむと、なんともいえないしょっぱい潮の香りが広がります。

再び魚市場へ戻ってみると、今度は活魚のセリが始まっていました。早朝から夕方まで、休みなく断続的に行われる魚の取引。水揚げで入港する漁船は途切れることなく、愛知県南知多町のほうから活魚を仕入れにくる運搬船も。島の漁港は目の回るようなあわただしさです。港を出たり入ったり。行き交う船の姿はその後も絶えず、自然を相手にする島の人たちはいつまでも働き続けていました。

あまい水で育つ島のカキ

f:id:takashi213:20200313173312p:plain

カキが山のように積まれていた藤栄水産の加工場。濱口藤弘さんが案内してくれました

f:id:takashi213:20200313173350p:plain

濱口さんがカキ殻をひらくとプリプリの身が現れました

このあと答志で海女をしている濱口ちづるさんの案内で、島の美多羅志(みたらし)神社など地元の人々とつながりの深い名所や旧跡をよりながら和具、桃取と車で移動。島の東端から西端をゆっくりと横断しました。

桃取では、ちづるさんの紹介でカキ養殖を行っている藤栄水産を訪れました。加工場をのぞくと、収穫されたカキが山のようにどさっとつまれています。カキ養殖を始めて14年目になる経営者の濱口藤弘さんが、殻を洗浄したりむいたりする加工場のなかを見せてくれました。

夏場の高水温で一部がへい死したり、魚に稚貝を食べられてしまったり。収穫までにはいろんな苦労があったそうですが、藤弘さんは今シーズンのカキについて「身のつき具合は最高」と胸を張ります。

カキの成育の良し悪しを決めるのは、なんといっても海の環境です。木曽三川や宮川からの河川水が流れこむ伊勢湾と太平洋の海水がぶつかりあう島の周辺は、「水があまい」と言います。プランクトンが豊富なうえに大事な山からの栄養分もたっぷり。藤弘さんは収穫したカキを一つ手に取ってひらき、自慢のプリプリとしたむき身を見せてくれました。

鳥羽で味わうことができる冬の名物として、まっさきに浮かぶのが焼きカキ。市内の産地では多くの養殖業者が小屋を構え、シーズン中は海辺でふうふう言いながら熱々のカキを堪能することができます。藤栄水産でも年明けから焼きカキの提供が始まるそうです。

加工場から外にでると、明るかった空はいつのまにか夕焼けで赤く染まりかけていました。訪れた先で出会った人たちの笑顔。かけてくれた一つひとつの言葉。漁港や魚市場の光景が頭のなかをめぐります。大きな期待を胸に訪れたこの島は、さまざまな海の幸でにぎわう、まさに「美(うま)し島」でした。

f:id:takashi213:20200313173912p:plain

静まりかえる夕暮れの桃取漁港

(新美貴資)

みつける。つながる。中部の暮らし 中部を動かすポータルサイトDoChubu