里山川海を歩くライターの活動記録

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【DoChubu掲載】〈蒲郡市特集〉深海で獲れた魚のおいしさをアピール。新たな需要の開拓に取り組む蒲郡・形原の大一鈴木商店

〈『DoChubu』2012年4月3日更新、2020年4月22日加筆修正〉

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蒲郡を代表する魚のニギス。脂ののった身は煮ても焼いてもおいしく、団子汁にして食べるのもおすすめです

三河湾に面した愛知県蒲郡市では、市内に形原(かたはら)、知柄(ちがら)、三谷(みや)の3つの漁港があり、湾内や外海などで獲れた新鮮な魚が早朝からならびます。

なかでも、形原と知柄には、地元の人々が「深海」と呼ぶ、和歌山から静岡沖、東京の大島周辺にかけて、水深100から500メートルぐらいのところにいる魚を獲る、沖合底びき網漁の漁船が所属。メヒカリ(代表的和名はアオメエソ)やニギス、アカザエビなど、伊勢・三河湾でとれるものとは異なるめずらしい魚介類が数多く水揚げされています。

沖合底びき網漁が県内で唯一行われている蒲郡では、こうした魚を地元の特産として市の内外でアピール。魚食の普及活動とあわせ、水産業の振興につなげようとする動きが活発です。今回はそんな特徴のある魚がたくさん水揚げされている形原漁港へと向かい、地元産の魚を扱う水産会社をたずねました。

メヒカリやニギス以外にも獲れる魚はたくさん

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形原漁港へは蒲郡の市街地から車で15分ほど。途中通過した漁港大橋からは三河湾の湾奥をぐるりと見渡すことができます

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形原漁港の魚市場近くにある大一鈴木商店

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深海で獲れる魚のおいしさについて熱く語る大一鈴木商店代表取締役の鈴木貞祐さん

訪れたのは、形原漁港の魚市場近くにある大一鈴木商店です。扱うのは地元の魚がほとんどという同社。きっと三河湾だけでなく、深海で獲れた魚についてもいろんな話が聞けるはず。そんな期待に胸をふくらませ、同社の代表取締役である鈴木貞祐さんに蒲郡の魚について、おすすめやおいしい食べ方、魅力などをうかがいました。

1952年(昭和27年)に父親がこの地で創業。鈴木さんがその後をうけ現在にいたる同社では、地元の形原、知柄漁港であがった魚を中心に、鮮魚を天ぷら・フライに適した開きや刺身、切り身に加工したり、丸干しなどの製品にして、全国各地へ出荷しています。

この地で生まれ、魚を食べながら育った鈴木さん。大学卒業後は東京・築地市場で修行をかさね、県内の別の水産会社で働いた後、父親の跡をうけて社長に。この形原で魚を扱い続けて30年以上になるそうです。地元であがる魚について、子供の頃からよく知っている鈴木さんですが、いまでも「図鑑に載っていないものが多くて大変」というほど、名前のわからないいろんな種類の魚やエビ・カニ、貝が獲れるとのこと。そう言って分厚い図鑑を開き、笑顔をみせながら深海で獲れる魚について熱心に語ります。

メヒカリやニギス、アカザエビなどは蒲郡の魚としてよく知られていますが、魚市場にならぶ魚は「エビ類だけでも10種はある」というから驚きです。年間をとおして漁港にあがる魚の種類は、いったいどれぐらいになるのでしょう。鈴木さんの話をうかがっていると、伊勢・三河湾から外海へと広がる海の世界にどんどん惹かれ、見知らぬ魚への興味が次から次へとわきあがってきます。

さっぱりとした脂が特徴

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この日魚市場で仕入れた深海の魚を一つひとつ見せてもらいました

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蒲郡の特産であるメヒカリ。体長は15センチほど。大きな硬い目が特徴で地元では「目光」とも書きます

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加工場のなかにある生け簀には大きなタカアシガニ

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愛嬌のある大きな顔に丸い体が特徴のミシマオコゼ

同社の加工場のなかを鈴木さんに案内してもらいました。この日仕入れた魚を見せてもらうと、メヒカリやニギス、マゴチやアカムツなど、ひと目見て名前のわかる魚もありましたが、面白い顔や体をした正体不明なものもたくさん。愛嬌たっぷりな顔をしたミシマオコゼや赤みがかった体にぎょっとした表情のエゾアイナメ。大きな頭のミズダコやきれいな巻貝のヤツシロガイなど、じっと眺めていると鈴木さんが一つひとつ名前や特徴を教えてくれます。

ちょうど1月から3月ごろにかけては、沖では天候の不順な日が多く休漁が続くため、沖合底びき網漁で獲れる魚は少ないそう。それでも仕入れる魚は、多いときでは20から30種にものぼるのだとか。深海で獲れる魚には、一般の名称がきちんとつけられていないものもあるようで、そんなときは図鑑を見て一生懸命さがすのだそうです。

同社でも多く扱うというメヒカリ。蒲郡では唐揚げにして食べるのが人気ですが、天ぷらで食べるのが鈴木さんのおすすめ。刺身でもおいしく味わえることから、最近では生食での売り込みにも力を入れています。今年(2012年)2月に名古屋で開かれた「農商工連携ビジネスフェア」にも出展し、メヒカリの刺身を試食で提供したところ、多くの来場者から良い評価が得られたそうです。

「さっぱりとした脂」が特徴だという深海の魚。メヒカリの刺身も、以前は「漁業関係者が身内で食べていた」という程度で、地元でも食習慣としては根付いていなかったそうですが、自分たちが知っているおいしい食べ方を提案することで新たな需要を開拓しようと積極的に取り組んでいます。何百種類と魚を扱うなかで、見た目が悪かったり、馴染みがないことから煮たり焼いたり、すり身にされていた魚のおいしさをもっと知ってほしい、価値を高めたいという想いが、鈴木さんの日々の活動のなかにはあります。

地産地消の取り組みで活路を

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沖合底びき網漁で獲れるエゾアイナメ

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鈴木さんが自信をもってすすめるエゾアイナメの刺身。さっぱりとした白身にほどよく脂がのっています

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深海で獲れた魚のおいしさをアピールする鈴木さん

漁港の魚市場にならぶ魚は、そのときの漁次第。日々刻々とかわる種類や数量のなか、そのつど即断して仕入れ、一つひとつの鮮度や脂ののりなどを見極めたうえで、消費地のニーズも頭にいれながら扱い加工をくわえていく。長年の経験と培った技術を要する仕事です。

国内で消費される水産品も、コストの安い海外で原料を調達し、そのまま現地で製品にまで加工するケースが増加。国内の産地にある水産会社にとっては厳しい逆風が続いていますが、鈴木さんはこうした“地産地消”の取り組みで活路を開こうとしています。

魚のもつおいしさは、熟知しているからこそ見出せるはず。鈴木さんの話をうかがっていると、もっといろんな魚が見たいし、味わってみたい。そんな気持ちでいっぱいになり、魚への親しみがより増してくるのを実感します。まだ一般には知られていない、海からの恵みがたくさんあがる蒲郡。そんな蒲郡の港町で、鈴木さんは深海の魚のおいしさを追求し続けています。(新美貴資)

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