里山川海を歩くライターの活動記録

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【DoChubu掲載】〈蒲郡市特集〉水産業の振興へさまざまな技術開発に取り組む愛知県水産試験場

〈『DoChubu』2012年4月9日更新、2020年4月22日加筆修正〉

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蒲郡市三谷町にある愛知県水産試験場本場。建物のすぐ前には三河湾の海が広がっています

伊勢湾と三河湾渥美半島の外海に面した愛知県。恵まれた漁場からもたらされる多くの魚貝によって、水産業は古くから発展を遂げてきました。現在も湾の内外や陸域の内水面では多様な漁業や養殖業が営まれ、全国でトップ(2009年<平成21年>)のアサリ類や養殖ウナギをはじめ、有数の生産量を誇る魚がたくさんあります。

そんな愛知の水産業について、技術の面から支援を行っているのが県水産試験場(以下、試験場)です。生産から資源の管理、環境の保全など、さまざまな分野で試験・研究をかさね、開発した技術の普及に努めています。

愛知の水産業の特徴や試験場が行っている取り組みについてうかがおうと、蒲郡市内にある本場をたずねました。

100年を超える水産研究の歴史

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お話をうかがった企画情報部総括研究員の間瀬三博さん(左)、主任研究員の矢澤孝さん

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試験場や県水産課では『あいちの水産物ハンドブック100(2010)』、『水産業の動き2011』などのさまざまな資料やパンフレットを発行しています

蒲郡の市街地からすこし離れた、三河湾が広がる海沿いに立地する試験場の本場。いくつもの棟がならぶ建物のなかに入ると、外とは異なる静寂な空間で、研究施設の独特な雰囲気が漂っていました。そんな本場の一室で、企画情報部統括研究員の間瀬三博さん、主任研究員の矢澤孝さんが、愛知で獲れる魚や試験場の歴史、力を入れている研究課題などについて説明してくれました。

愛知の産業というと、自動車や機械の製造といった工業県としてのイメージが強いようですが、じつは農業や漁業といった第1次産業も盛ん。2009年(平成21年)のデータによると、漁業では、海底にいる魚やエビ、カニを獲る小型底びき網、一つの網を2隻の船でひいてイワシ類やシラスなどを獲る船びき網、アサリなどを獲る採貝などの漁が、全国のなかでも上位を占めるほど多く行われており、このほかにもいろんな漁が伊勢・三河湾、渥美外海では営まれています。

県全体の魚介類の生産量は全国でも中位程度ですが、獲れる魚の種類はとても豊富。アサリ類、養殖ウナギは全国で第1位。アナゴ類、養殖アユ、養殖キンギョは2位。シラス、スズキ類、県の魚にも認定されているクルマエビなどが3位で続きます。このうちアサリ類は生産量が全国の6割近くを占め、三河湾のアサリは抜群の知名度を誇っています。

県内の水産業の振興にむけて、試験場が当時の幡豆郡一色町(現西尾市一色町)に設置されたのは1894年(明治27年)のこと。都道府県の水産研究機関として、最初につくられたのが愛知の試験場で、水産研究の歴史は100年を超えるそうです。1963年(昭和38年)に現在地の蒲郡へ移り、いまある本場のほか、県内には漁業生産研究所(南知多町)、内水面漁業研究所(西尾市)があり、さらに内水面漁業研究所には三河一宮指導所(豊川市)、弥富指導所(弥富市)があります。

このほかにも、海上で観測を行うことができる漁業調査船「海幸丸」や漁業取締・水質調査兼用船「へいわ」、海の状況をみるための自動観測ブイシステムなどもあり、さまざまな施設や機器を駆使した試験・研究が行われています。試験場では現在35人の研究スタッフが、本場をふくむ5つの拠点で地域の水産業に対応した技術開発に取り組んでいます。

最新の研究情報を広く発信

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試験場本場の1階にある展示コーナー。試験場が行っている研究内容を映像やパネル、模型で紹介しています

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三河湾の干潟・藻場について説明するコーナーもあります

愛知の水産業の歴史を振り返るなかで間瀬さんは、国際的な操業規制の強化などによって、日本の漁業が遠洋から撤退し始めた1970年代半ば以降。遠洋から沿岸へと漁業の主軸が移るなかで、「獲る漁業から育てる漁業に変わってきた」ことを大きな転換点にあげます。

水産資源を守りながらつくり育て、持続的に利用していく。試験場では、そんな時代の潮流に対応し、漁場環境の確保と水産業の振興、漁業経営の安定を図るため、求められる技術の開発と普及に力を入れています。

そのための重点研究目標として、
①豊かな漁業資源を育む内湾漁場環境の回復
②水産資源の持続的利用による水産物の安定供給
③生産技術の革新による競争力のある経営体の育成
④ブランド力強化による水産業の展開
の4つを掲げています。

試験場では、この4つの大きな目標の達成に向けて多くの研究テーマが設定されています。そのなかから間瀬さんと矢澤さんが参考事例として、イカナゴ(コウナゴ)の資源管理技術、干潟や浅場・アマモ場の造成や管理技術の2つの開発事例について説明してくれました。

春の訪れを告げる魚のイカナゴは、伊勢湾口あたりの海の砂底で生まれ、伊勢・三河湾では例年3月ごろに漁獲されます。このイカナゴの資源を守るため、漁を行う愛知、三重の漁業者は話しあいで解禁日や終漁日などの操業ルールを決めています。両県の水産研究機関では、漁が始まる前に行う採取調査などから、発生するイカナゴの尾数や成長する早さを推定し、漁業者にデータを提供。漁が行われる期間中も緊密な連携を図り、漁獲情報を発信しています。伊勢・三河湾イカナゴ漁は、早くから取り組んで成果をあげた資源管理の成功事例として、全国でも評価を受けています。

かつては伊勢・三河湾の沿岸に広く分布していた干潟。豊かさを象徴する海浜の自然も、開発が進んだ結果、その多くが失われてしまいました。たくさんの生き物が暮らす、水質を浄化する大きな機能をもつ干潟が消失したことによって、湾内では「赤潮」というプランクトンが異常発生する現象が増加。この赤潮がおきると、プラントンの死がいが海の底にたまります。死がいは、バクテリアによって分解されますが、その過程で酸素が消費され、海底には酸素の欠乏した海水が形成されます。この海水の塊が、岸の浅いところへわきあがる、「青潮」という現象がおこり、アサリをはじめ魚介類のへい死を招くことから、漁業が受ける打撃も深刻です。

多くの生き物の産卵場や稚魚の育成場となり、「海のゆりかご」とも言われる海藻が繁茂するアマモ場も、埋め立てや環境の悪化などによって多くが消えてしまいました。試験場では、豊かな里海を再び取り戻そうと、漁業者とも連携しながら干潟や藻場の保全と再生に取り組んでいます。

得られた研究の成果について、現場で活用できるよう普及を図るのも試験場の大切な仕事です。毎年開かれる研究発表会で成果を報告するほか、さまざまな刊行物やサイトを通して最新の研究情報を発信しています。漁業者や県民から寄せられる相談にも応じ、中学生を対象にした少年水産教室を夏季に開催。試験場の一般公開も毎年開かれ、普段体験することができない研究の現場を見て触れて学ぶことができます。

一年を通していろんな魚に恵まれる愛知の水産業。試験場や県水産課では、一般向けの『あいちの水産物ハンドブック100(2010)』のほか、旬の魚を紹介する『漁況速報~おさかな旬報~』や『水試ニュース』など、さまざまな情報をサイトから発信しています。

魚の価格の低迷や漁場環境の悪化、資源の減少などにより、厳しさが一段と増している水産業では、就業者の減少と高齢化が全国で進んでいます。環境の確保や資源の育成・管理など、全国でも広く応用できるような、漁業経営の安定につながる技術開発を期待したいと思います。(新美貴資)

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