里山川海を歩くライターの活動記録

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【DoChubu掲載】〈伊那市特集〉地元の魅力を食材や料理で伝える。信州・伊那谷の雑穀と地元野菜の手作りレストラン「野のもの」

〈『DoChubu』2012年7月10日更新、2020年4月23日加筆修正〉

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南アルプスの麓(ふもと)にある雑穀レストラン「野のもの」

仙丈ヶ岳甲斐駒ケ岳などの山々が連なり、起伏に富んだ高い稜線が続く南アルプス。その麓にある伊那市長谷地区の道の駅「南アルプスむら」に、地元で栽培された雑穀を味わうことができるレストラン「野のもの」があります。

豊かな自然にあふれる、風光明媚な伊那谷にある雑穀レストランを訪ねたのは、満開の桜が散り始めてしばらくたった、信州の春を満喫できるちょうど最期のあたりでした。澄んだ空気のなかに緑のにおいが漂う空気がすがすがしく、気持ちを新たにしてくれます。頭上には、濃淡の間をとったような青い空が広がり、まわりを埋めるさまざまな緑とのコントラストに目を奪われます。

あたたかな日差しに背中をおされ、どんな出会いがあるのかワクワクしながら「野のもの」のドアをゆっくりと開けて、なかへと入りました。

地元の食をアピールする

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気さくな人柄とやさしい笑顔が印象的だった「野のもの」の吉田由季子さん

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吉田さんが栽培しているアマランサスの畑(「野のもの」提供)

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背丈が高くのびるタカキビの畑(「野のもの」提供)

「野のもの」で迎えてくれたのは、店を切り盛りする吉田由季子さん。木のぬくもりに包まれた店内に腰をおちつけた記者をふくむ一行4人は、さっそく昼食を注文。工夫をこらした自慢の雑穀料理をいただきながらお話をうかがうことに。

由季子さんが夫の洋介さんと「野のもの」を開いたのは2006年のこと。お店の一番のこだわりは、地元で生産されたものを使い、地元の食をアピールしている点。料理のメイン食材である雑穀は、100パーセントが自家生産したもの。地元の信州大学から在来品種の種子を分けてもらったり、近所の農家に栽培法を教えてもらったりしながら、現在約1ヘクタールの農場で5種類の雑穀を育て、有機栽培・天日乾燥したものをお客に提供しています。

アワやキビなどの雑穀は、低カロリー、高ミネラルなことから健康によいとされ、その特長をいかそうと、お店では化学調味料食品添加物に頼らない調理を心がけているそうです。かつては伊那谷でも盛んだったという雑穀づくり。近年はつくり手も減少し、地元でも食べる機会は失われつつありますが、そんな雑穀のおいしさを追求し、多くの人に味わってもらいたいと、「野のもの」では自家製の雑穀を使ったさまざまな料理やスイーツをメニューにそろえています。

体が喜ぶ味

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5種類の料理が味わえる人気の「週替わりランチ」

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肉を一切使っていない「雑穀バーグランチ」

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和風しょうゆ味の「アマランサスパスタ(サラダ付き)」。プチプチした食感が楽しめる雑穀のアマランサスを使っています

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ほどよく効いたスパイスが食欲をそそる「チキンカレー(サラダ付き)」

料理がならぶと同時に夢中になって食べ続ける一行。空っぽだったお腹を地元でとれた雑穀や野菜が満たしてくれました。記者がいただいたのは、「週替わりランチ」です。ハンバーグのほか、サラダや煮物などにはたくさんの種類の野菜が使われていて、素材の味を楽しむことができる、あっさりとした味付け。ごはんには雑穀のアマランサスが入っていて、黄色の小さな粒々が滋味を豊かなものにしています。豆腐のうえにのっているのは、お手製のふき味噌。茹でてアクをぬき、刻んだふきのとうを、味噌や砂糖などとあわせて煮詰めたもので、春を感じる贅沢な味わいです。

どんな味、食感がするのだろうと気になった雑穀バーグも一口いただくと、表面はカリッとしていて中はもっちり。肉の代わりにまぜこまれている、タカキビ、モチキビ、シコクビエの3種類の雑穀を、相性のいい濃厚なトマトソースと一緒にゆっくりとかみしめて味わいました。どの料理にも雑穀や野菜がふんだんに使われ、華美さはないけれど、シンプルでとてもあたたかい。伊那の風土に調和した、舌だけでなく、体が喜ぶ味とでもいうのでしょうか。食べ終えるとお腹だけでなく、身心ともに満足感でいっぱいになりました。

地域の活性化へ情報を発信

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あたたかな木のぬくもりが感じられる落ち着いた店内

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雑穀を使ったケーキやクッキーなど手作りのお菓子も販売されています

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屋外にも飲食できるスペースがあり、のんびりと食事を楽しむことができます

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豊かな自然が広がるお店のまわり

「定番メニューには必ず雑穀を使うようにしています」と語る由季子さん。お店をオープンする前から雑穀料理について研究を重ね、メニューをすこしずつ増やしてきたそうです。雑穀以外にも「たくさんの食材を使って料理を提供しようと思っています」と話し、伊那では夏場を中心に野菜が豊富にとれることから、お店でも積極的に取り入れて扱っています。

由季子さんの家族が伊那へ移ってきたのは2000年の夏のころ。それまでは前職の仕事による転勤で、全国を点々としていたそう。縁もゆかりもなかったこの地にどんな魅力を感じたのか。由季子さんにたずねると、「いいものがたくさんあるから。この豊富な資源を使って料理をしたいなと思いました。自然や田畑、人もいいところだから住みついたんです」と、穏やかな笑みとともに答えが返ってきました。

「近所のおじさんがつくっていたので栽培を始めてみたんです」「地元のおじさんからやり方を聞いて」。うかがっている最中に何度も耳にしたこんな言葉からも、地元の自然や人々とともに暮らし、愛着をもって日々充実した生活を送っている様子がじんわりと伝わってきます。

現在は店の運営や雑穀料理の研究、農場での雑穀づくりのほか、地域の活性化への取り組みにも熱を入れている由季子さん。「食材や料理も地元の魅力を伝える大きなひとつ。もっと情報発信していきたい」と抱負を語ります。とくに印象に残ったのは、最後のあたりで話してくれた「食文化が断絶しないよう、地域のお役にたてれば」との力のこもった一言。

素朴さと力強さがあって、だけどあたたかみがあってやさしい。そんな雑穀のイメージをこの言葉に重ね、満たされた心とお腹に満足しながら、春の陽気がただよう伊那谷を後にしました。(新美貴資)

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