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【DoChubu掲載】郡上の山の恵みを体感!「長良川まんぱく」の体験プログラム「素材と命の神髄を知る!若手猟師と解体見学&山肉BBQ」

〈『DoChubu』2013年4月12日更新、2020年5月15日加筆修正〉

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参加者も加わってシカの解体が行われた郡上市大和町にある作業場

長良川流域の食による地域おこしを応援するイベント「長良川まんぷく博覧会」(岐阜県、同博覧会実行委員会主催)の体験プログラムの一つ、「素材と命の神髄を知る!若手猟師と解体見学&山肉BBQ」(猪鹿庁主催)が2013年2月25日、郡上市大和町で開かれました。

この催しは、市内で里山保全に取り組み、猟師の六次産業化を目指している若者の組織「猪鹿庁」が企画したもの。狩猟の文化を学び、命をいただくという食の根幹について理解を深めてもらおうと開かれました。

県内外から6名の男女が参加したプログラムでは、猪鹿庁の活動や地元で続けられている猟について説明があったほか、郡上の山で捕獲したシカを猪鹿庁のメンバーがさばく解体見学が行われ、処理の工程を学んだ参加者らも皮はぎや肢体ばらしに挑戦しました。解体して切り分けた鹿肉は、猪肉や野菜とともにバーベキューにして全員で味わい、自然からの恵みに感謝の思いを共有し、この日の体験を振り返りながら交流をあたためました。

地域の役に立ちたい

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猪鹿庁の活動や地元で行われている猟について説明があったオリエンテーション

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猪鹿庁長官として地域の課題に取り組んでいる興膳健太さん

プログラムでは、まずオリエンテーションが行われ、参加者と猪鹿庁のメンバーが一人ずつ自己紹介。続いて猪鹿庁の長官で、同庁メンバーらで運営するNPOメタセコイアの森の仲間たち・代表理事でもある興膳健太さんが、組織の活動内容や郡上の山で行われている猟、イノシシやシカによる農作物の食害状況などについて報告しました。

里山保全を目標にかかげる猪鹿庁では、メンバー自らが猟師となって狩猟や食の文化を情報発信し、新たな里山づくりに向けたさまざまな活動を展開しています。組織は、猟師を中心に構成する捜査一課をはじめ、山育課、衛生管理課、ジビエ課などの6つの課からなり、取り組んでいる内容は多岐におよんでいます。一般を対象にした山歩きのツアーや解体教室、ジビエ料理のワークショップなども企画し、地域に密着しながら多くの協力者と連携を図り、さまざまな催しを各地で開いている、とてもユニークな若者の集まりです。

猟師とは、クマやキツネ、シカやイノシシなどの野生動物をとる人たちのこと。郡上では、定められた猟の期間中に10人ぐらいのチームを組んで獲物を追い込み、待ち伏せして銃でとらえる「巻き狩り猟」のほか、「わな猟」や檻(おり)でイノシシやシカをつかまえます。

捕獲した獲物は、食用化できるよう解体・加工をするのですが、興膳さんは「狩った肉が消費しきれず捨てられてしまっている」という問題点を指摘。イノシシやシカの肉について、「固くて臭みがあるといったイメージから食べない人がいるが、とても栄養価が高い」と天然の山肉の魅力をアピールしました。

興膳さんは、とらえたイノシシやシカを無駄なく食べることが里山保全にもつながることを強調したうえで、「僕らが山肉の普及をしていかなければ、猟師はさらに高齢化がすすみ、後継者が育たない」と話し、生産から加工・販売までを一体化して、地域の資源を活かした新たな循環をつくり、雇用と所得を確保する猟師の六次産業化への意気込みを伝えました。

そんな猪鹿庁で、いまもっとも力を入れているのが、野生動物による農作物の食害で大きな打撃を受けている地元農家の支援です。郡上でも、田畑を荒らすイノシシやシカ、サルは年々増え続けており、収穫期の農作物が食べられてしまう被害が拡大しています。農家のなかには高齢者も多く、食害の止まない状況に音をあげて、耕作をあきらめてしまう方も少なくないそう。一方で、イノシシやシカを駆除する猟師のほうも、その約9割が50代から70代と高齢化はすすんでおり、後継者の不足が深刻化しています。

そのような現状を打開しようと、猪鹿庁ではメンバーが銃猟、わな猟の狩猟免許を取得。地元のベテラン猟師らとともに猟に参加して、狩猟や解体の技術をみがくかたわら、行政の依頼をうけて、イノシシやシカ、サルの有害駆除を行ったり、農業者に組み立て式の檻を使った捕獲方法を教えて、とらえた後の処分を請け負い有効利用を図るなど、食害の軽減に向けた支援を続けています。

地元の人々が直面する問題を解決して、地域の活力向上につなげていくことは、里山保全を図っていくうえで欠くことのできない取り組みです。「暮らし続けられる郡上のまちをつくるため、地域の役に立ちたい」と訴える興膳さん。その実現のために「困っている農家を救うのは大事なこと」と言葉に力をこめ、じっと聞き入る参加者に熱く語りかけました。

命の重みを実感する

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作業場で解体を見学する参加者ら

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参加者も一緒になって一つひとつの工程に神経をくばりながら解体が行われました

オリエンテーションが終わったら、場所を作業場へと移していよいよ解体の見学です。
地元の猟師さんが建てたという作業場には、2日前に銃でとらえたという2頭のシカが、血抜きをすませ、内臓を除去した状態で頭上から吊るされていました。作業場はとても清潔でにおいもなく、衛生管理が行き届いています。作業場の奥にある解体した肉を切り分ける処理室は、他ときちんと区分けされており、雑菌を持ち込まない造りになっていました。

猪鹿庁のメンバーが、さっそく吊るされているシカの後ろ足をばらすと、専用のナイフを毛のたっぷりついた皮と肉の間に差し込み、上のほうからていねいに表面をはいでいきます。皮をはいで肢体ばらしが終わったら、部位ごとに切り出して大きな肉の塊をとりだします。「処理の仕方を誤ると廃棄しなければならない」という解体は、熟練を要する作業。当初は驚きの表情を浮かべていた参加者も、工程がすすむにつれて真剣な顔つきへと変わり、興膳さんをはじめとするメンバーの一挙手一投足に耳目を集中させます。

「商品としてだす以上、良いものを提供するよう心がけている」。刃先を休めることなく動かしながら、興膳さんは説明を続けます。とらえたイノシシやシカを解体するのは、2、3日おいて肉質を熟成させてから。銃でうった弾が内臓をやぶってしまうと、肉に汚れやにおいがついて使えなくなってしまうことが多く、また銃創の周辺は血がまわって肉が黒くなってしまうため、猟師さんは獲物の体の前方に狙いをさだめて仕留めます。狩猟の段階から捕獲した獲物の有効利用を考え、無駄になってしまう部位をできるだけなくそうと努めているのです。内臓の除去も、神経を使うとても大変な作業だといいます。良質な肉を提供するため、狩猟から解体までには多くの手間と労力がかかっているのです。

ひと通りの工程を見て学んだら、参加者も解体に挑戦しました。ナイフを手にした男女は興味津々な様子で、猪鹿庁メンバーの補助を受けながら、切っ先をシカの体にゆっくりと入れて、皮をはいでいきます。すこし経つとコツを覚えたのか、ある男性は「慣れてきた」と笑みを浮かべて作業に没頭します。「使う肉には血をつけないで。血にはにおいがあるから」。震えがとまらない厳しい冷たさのなか、解体の作業は休むことなく続きます。参加者は一つひとつのアドバイスにしっかりと応え、初めての体験を楽しみながら果敢に挑んでいました。

山肉を味わい猟師の生活を学ぶ 

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解体した鹿肉のほか猪肉や野菜をバーベキューで味わいました

作業場での解体の見学と体験は2時間ほどで終わりました。切り取った良質な部分の肉の塊は、となりの処理室へ運んで、食べやすいよう部位ごとに切り分けていきます。薪(まき)ストーブの暖気で満たされた隣接する猟師小屋では、バーベキューの準備が整い、解体を終えた全員が凍えた体をあたためながら、脂ののったやわらかなシカのモモ肉やイノシシの背ロースを味わいました。この作業場や猟師小屋の主であるベテラン猟師の坪井富男さんも加わって、郡上の自然や猟についてゆっくりと語りあう、楽しい歓談の時間が続きました。

豊かな環境が広がり、郷土への深い愛着と強い誇りをもって人々が暮らす郡上。そんな魅力にひかれ、他所から集まった若者たちの手によって3年前に立ち上がった猪鹿庁は、地域にしっかりと根をはり、活動の輪はどんどん広がりをみせています。

2012年度には、六次産業化・地産地消法にもとづく農水省の総合化事業計画の認定も受け、捕獲したイノシシやシカを使った猪なべセット、鹿のしゃぶしゃぶセット、猪骨ラーメン、フランクフルトなどの商品を開発し、新たな販売ルートを確立することによって農業者を獣害から守り、地域振興につなげていく方針です。「しっかり肉が流通していく体制をつくりたい」。興膳さんはこれからの抱負について力強く語ります。

この日のプログラムを振り返った参加者からは、「解体して肉になる過程を見ることができて、猟師の生活がわかった。面白くて勉強になった」。「(猟師は)別世界の人たちというイメージがあったが、実際にばらして食べてみて、現実とつながっていることを意識した。ショックでドキドキしたがよい経験だった」。「生きる力を感じた。子どもたちにもこういう技を教えたい。イノシシやシカのいろんな部位を食べることができて、おいしかった」などの感想がよせられました。

解体を見学・体験し、バーベキューで山肉を堪能した参加者らは達成感にあふれた様子で、その後も坪井さんや猪鹿庁メンバーとの会話は尽きることなく続きました。

(新美貴資)

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