里山川海を歩くライターの活動記録

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【DoChubu掲載】自然の恵みを受けて製品づくりに邁進。風味豊かな松阪のアオサ

〈『DoChubu』2013年7月1日更新、2020年5月15日加筆修正〉

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アオサの収穫が行われる猟師漁港の地先に広がる浅海

三重県が全国一の生産量(約6割のシェア)をほこる特産のアオサ。県内の伊勢志摩地方で、春先の2月から4月頃にかけて収穫される、独特の風味と味わいをもつ海藻で、味噌汁や天ぷら、佃煮などの食べ方で好まれています。地先に広がる遠浅な海に支柱を立て、一面に網をはる養殖風景は、鮮やかな緑のアオサと海、空とのコントラストが美しく、この地方の風物詩となっています。

今回はそんなアオサの摘み取りの様子を見せてもらおうと、収穫時期も終わりに近づいた4月下旬の頃、産地のひとつである松阪市の猟師漁港をたずねました。

まだ冷たい朝の漁港

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早朝の猟師漁港で天日に干されていたアオサ

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アオサの収穫に向かって漁港を出発する前田晃一さん(右奥)ら

漁港の朝は早い。午前6時すぎに新松ヶ島町の猟師漁港につくと、すでに空はすみずみまで明るく、頭上からはまぶしい陽光がふりそそいできます。漁港の出入り口は、軽トラックやバイクがひっきりなしに行き交い、出漁の準備か、老若男女が漁船の泊まる岸壁の近くに次々と車をとめ、胴長姿であらわれます。

4月下旬とはいっても、まだひんやりとした冷たさが残る朝の漁港。どこの漁港や魚市場に行っても共通して感じる、ぴーんと張り詰めた、なんともいえない独特のすんだ空気が、猟師漁港の全体をおおっています。いつの間にか眠気もどこかに吹き飛んで、これから始まるアオサの収穫に、期待で胸が大きく脈打ちます。

この日の作業に同行させてくれたのは、地元の漁師・前田晃一さん(45)。いつも一緒にアオサの収穫を行う、相方である義理の弟さんの後に続いて漁船に乗りこみ、摘み取りの現場へと向かいました。

厳しい海での作業 

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海面に網を張るため支柱につないでいるロープの結び目を、収穫を行う前に 一つひとつ上へと引き上げる作業。アオサの伸びた網を摘み取りやすい高さに調節していきます

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摘み取り専用の船にうつり、2人1組で網をたぐり寄せながら進んでいきます。船の後方に備え付けてある専用の機械のうえに網を滑らせ、アオサを刈り取っていきます

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摘み捕りの船のなかいっぱいにたまったアサオをすくって集め、漁船に用意されていたカゴのなかに流しこんでいきます

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どんどん収穫されていくアオサ。海水を含んでずっしりと重い、濃緑の海藻を満載したカゴが漁船のなかを埋めていきます

そのときの潮の干満にあわせてとりかかる摘み取りの作業。この日は午前7時半から一斉に始まりました。漁港からすこし沖に行ったあたりに広がる養殖場には、網を張るための長い竹の棒の支柱が規則正しく一定の間隔で立ちならび、アオサがびっしりとついた、緑のじゅうたんのような網が海面をおおっています。

現在、猟師地区では21の漁家がアオサを養殖しています。収穫するポイントに向かって、養殖場の周辺を行き交う船上の人びとを見ると、ベテランの漁師にまじって若い青年や年輩の女性の姿もあり、家族を中心に団結して行う作業であることが周囲の様子からは伝わってきます。

摘み取る網の近くに漁船が着くと、首まで全身すっぽりと胴長を着こんでいる前田さんは、ざぶんと勢いよく海のなかに。胸のあたりまで冷たい海水にひたりながら、どんどん先のほうへと歩いていきます。張りだした網をつないでいる支柱のロープの結び目をほどいて、つかっている海の中から網を引き上げ、摘み取りがしやすい、海面から顔をだす高さのところでとまるよう、結びなおしていくのです。林立する支柱に一本ずつ歩み寄ってロープを引っぱり上げる、とても労力と手間のかかる作業で、収穫初めの寒さがもっとも厳しい「1、2月は大変だ」と前田さんは話します。

ロープを引き上げる最初の作業を終えると、前田さんらは「しゃみせん」と呼んでいる、アオサを摘み取る機械をつんだ小さな無動力の船へとうつり、収穫作業へとはいります。2人1組でしゃみせんに乗り込み、上半身の力を使って、アオサのびっしり付いた重たい網を左右の端から同時にたぐり寄せ、ゆっくりと船を進ませていきます。船の後方に備えつけられている機械のうえを、しぶきを飛ばしながら滑るように通過していく網。網から伸びる黒々とした海藻は、小気味よい音とともにバリカンのように勢いよく刈り取られていきます。

長く張りだした網の下をくぐって2往復もすると、小さなしゃみせんのなかは摘み取ったアオサでいっぱいです。陽の光を浴びて輝くやわらかな濃緑の海藻は、漁船にたくさん用意されていた、ビール瓶のケースほどの大きさのカゴのなかにすくって集められ、甲板にどんどん積みあげられていきます。ここまでの工程を、網のポイントを変えながら何度も繰り返し、上半身を酷使する人力を頼りにした収穫は休むことなく続きます。

海水をたっぷりと含んだアオサを満載したカゴは、一つの重さが30キロ近く。ひたすら続く重労働に腰を痛めてしまう人も多いそうで、養殖を始めて10年目になる前田さんも「やりはじめた頃はきつかった」と、額に汗をうかべながら語ります。風のない穏やかな波のこの日は、収穫期が終わりに近づいていることもあって、海上での作業は2時間半ちかくにおよび、計40カゴのアオサを摘み取りました。

漁期初めのものはやわらかい

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収穫したアオサは漁港へ持ち帰り、汚れや貝類などの付着物を取り除く「ながし」と呼ばれる作業を行います

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脱水を済ませたら加工場へ。家族総出で固まっているアオサをばらし、乾燥させる作業を行います

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ばらしたアオサは障子のうえに均一になるよう整えてのせ、天日に干して乾燥させます

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さまざまな工程を経ることによって、独特の風味をもった製品がうまれます

収穫したアオサを漁港へ持ち帰ると、時刻は午前10時すぎ。ここからは「ながし」と呼ばれる、付着した汚れや貝類などの異物を取り除く作業を、専用の大きな道具を使って岸壁で行います。たっぷりの海水が流れる、段差のついた流し台のような桶のなかに、すこしずつ投入されていくアオサ。汚れや異物などを洗い落としたものが、道具の出口から流れでてくるのですが、これを待ち受け、網目の袋につめて口をしばるという作業を実際に体験させてもらいました。

海水を含んだアオサは、想像をはるかに超えたずっしりとした重みです。20キロはあろうかという、いっぱいになった袋の口を持ち上げて結び、すぐ脇に積んでいくという、たったそれだけの労働なのですが、繰り返すうちに腰はすぐに悲鳴をあげ、息はあがって言葉が続かなくなり、手のひらからは握力がみるみる失われていきました。他の漁師さんはみんな軽々と持ち上げ、変わらない表情で淡々とこなしていくのですが、記者の全身の筋肉はあっという間にこわばって痛みが走り、汗は止まらず体はふらふら。わずか1時間ちょっとの悪戦苦闘で、漁師という仕事の過酷さを十分に思い知ったのでした。

汚れや異物を取り除いたアオサは、漁港にある脱水機にかけ、昼すぎには前田さんの自宅に隣接してある加工場へと運びこまれました。加工場では、前田さんの家族が総出で待ち受け、機械によってばらされ、障子(しょうじ)のうえに均一に広げられたアオサが、天日のあたる表に次々とならべられていきます。乾燥の一部は機械によっても行われ、風味と色彩の豊かな製品が自然の力と人の手によってつくられていきます。この日の加工場での作業は、短い昼食の時間をはさみ夕方頃まで、休むことなく続きました。

潮の香りをふくんだ、アオサの鼻腔をくすぐる甘いにおいが立ち込めるなか、前田さんは「漁期初めはもっとやわらかくて色も濃いよ」と、日に焼けた笑顔を浮かべて説明します。製品のでき具合は、漁場や収穫時期、その年の天候や日々刻々とうごく海の環境によっても大きく変わるそうです。

普段なかなか目にすることのできない、アオサの収穫から加工までの一日を見せてもらい、多くの労力をかけてつくりだされる深い味わいに大いに驚き、自然からの恵みに対する感謝の思いを新たに刻みました。(新美貴資)

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