里山川海を歩くライターの活動記録

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水産海洋研究集会「熊野灘漁業を考える」開催 「付加価値を高め、消費者の要求に応える」

〈『水産週報』2009年5月1日号寄稿、2020年5月25日加筆修正〉

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漁業の再生に向けて意見が交わされた

昨年夏の燃油高騰によって浮き彫りとなった脆弱な漁船漁業の経営体質。漁業者はどのようにして経営を改善し、収益の確保を図っていくべきか。

漁業のコスト高や魚価安時代の漁業経営と地域漁業をテーマにした水産海洋研究集会「熊野灘漁業を考える」が2月14日、三重県尾鷲市内で開かれた。水産海洋学会、三重県水産研究所、熊野灘漁業を考える会による共催で、漁業者、学識者、行政担当者がそれぞれの立場から、現在の取り組みや課題などを発表し、意見を交換した。漁業の再生に向けて地域で行われている議論の一つとして、集会での基調講演と現場からの話題提供を紹介したい。

基調講演では、川村始・独立行政法人水産総合研究センター経営企画部長が「漁業の現状と今後の課題」と題して発表した。

川村部長は、新規投資ができず漁船の老朽化が進む沖合底曳網漁業を例にあげて、「漁船の老齢化で修繕費がかさみ資材も高騰。水揚げの減少や資源の悪化、魚価安もあり、収入は減少傾向にある。累積の負債もたまり、地域経済への影響も見過ごせない。改革には投資が必要だが、個別での対応には限界がある」と厳しい現状について述べた。

さらに改革に必要な経費を支援するため、水産庁が2007年度に予算化した漁船漁業構造改革事業の内容を説明した。同事業は、漁協や漁業種グループが中心となって地域プロジェクトを構築し、省エネや高度な品質管理手法の導入など、新たな操業体制への転換を支援するもの。すでに全国で15の地域プロジェクトが立ち上がり、4地域で実証化に向けた操業が始まっている。

収益向上への取り組みとして、まき網漁業では従来の5隻体制を漁船の大型化で2隻にスリム化。船型を統一することによって建造費のコストを抑え、機器の導入で乗組員を削減。船上での衛生管理を徹底し、洋上選別で鮮魚出荷する事例を紹介した。「浜ごとに持っている特長や置かれている状況を洗い出して処方箋を書き、実行するのが大事だ」と語り、官民連携による積極的な改革への取り組みを訴えた。

▼新技術の導入で漁獲高をあげる

話題提供のセッションⅠ「地域漁業経営の現状と課題」では、桑原清志・恵洋水産代表が「定置網漁業の経営」について発表した。

熊野灘で4つの漁場を乗組員15名で操業し、現場で指揮をとる桑原代表は、これまでの経営について「季節はずれの台風や急潮などによって何度も漁場がダメージを受けた。漁獲量も漠然と同じ獲り方、体制では減少している」と振り返った。

新船建造では、フラットで幅の広い船型とし、安全で確実に操業できることを優先。乗組員全員にアイデアを求めて意見を採用した。網についても、他県の成果をあげている漁場からヒントを得て目合いを工夫するなど、常に新しい情報を集めて漁具や漁法を改善し、漁獲高の増加につなげている。

操業は長期から短期まで計画を立てて実施。毎日の水揚げから燃油の時間単位の消費率まで、数字による評価で乗組員と情報を共有し、全員が一体となって考え、行動していることを強調した。

桑原代表が掲げるこれからの目標は、①福利厚生の充実②乗組員のレベルアップ③新技術の導入④新たな労働力の確保⑤漁獲高をあげる施策―の5つ。

「乗組員は家族、安全第一、衛生管理の徹底」をスローガンに、退職金制度の充実やローテーションでの休日増加にも取り組み、知識や技術の指導にも力を入れる。有効な新技術については、これからも積極的に投資して導入する方針。船上にもHACCP手法の考えを取り入れて、漁獲物の鮮度保持を図るなど、魚価対策にも力を入れている。

漁業全体についても触れ、「このままでは衰退してしまう。漁業界を支える側でも情熱をもったキーマンを育ててほしい。現場の漁業者に効果のある情報が流れるシステムもつくっていくべきだ」と訴えた。

続いて、永富洋一・鳥羽磯部漁協組合長が「鳥羽磯部地区における漁業経営の現状と課題」について発表した。

鳥羽磯部漁協は2002年に22漁協が合併して発足。主な漁業は一本釣りや刺網、船曳き網などで、カキやノリ養殖も行っている。同漁協では、支所別収支を毎月の理事会で報告。支所ごとの経営状況を把握し、経営の改善に努めている。永富組合長は「漁業者一人ひとりが経営者として、経営の安定や所得の向上のために何をすればよいか、また漁協が漁業者の生活を守るために何をしていくのか考えていかなければならない」と述べて、経営体質の強化が必要だとした。

同漁協が力を入れているのは地元宿泊施設への販路の拡大。04年度には、補助金なしの単独事業で畜養・直販センターを整備して営業活動を展開したが、地元の魚は値段が高いという理由から売れずに苦労を重ねた。その後、販路を拡大した営業努力によって直販事業は軌道に乗る。年間水揚げ高約50億円の3分の1を扱いたいとの目標を掲げて、「地元で消費できるよう価格、商品ロットの調整を勉強し、大中規模の地元宿泊施設が利用できる仕組みを構築していきたい」と今後の課題について語った。

またHACCP対応で衛生管理を徹底し、魚価の向上につなげた答志島集約市場の取り組みを紹介。「今までのやり方の延長では不安材料は減らない。限られた水産物の付加価値を高めて、消費者の要求に応えていくことが必要。合併した漁協のメリットをいかして情報発信し、生産量を確保して広域販売を行っていく」と抱負を述べた。

▼漁協独自の認証でスーパーの差別化を

セッションⅡ「これからの地域漁業」では、まず伊藤徹・県農水商工部水産経営室主査が「三重県における漁業経営対策」について発表した。

伊藤主査は、①燃油資材費の高騰②収入の不安定③水産資源の減少―の3点について改善が必要であると指摘。その対策のポイントとして、効率的かつ安定的な経営者の育成、流通の合理化、商品のブランド化、産地販売力の強化などをあげた。

行政の取り組みとして、沿岸漁業者経営改善促進グループ等取組支援事業を説明。意欲と能力のある担い手の確保・育成を図るため、これまでに県内で8つの中核的漁業グループを認定、支援を行っている。その一つである的矢湾畔蛸岩ガキ養殖研究会では、地元で獲れる岩ガキをブランド化して、通常より早い時期に市場へ出荷。サイズを統一して安定した品質の確保に努め、収入の増加につなげている。

また、「将来を担う人づくり、ニーズにあった商品を開発するものづくり」が重要であるとして、新規就業者を増やして人材を確保し、他産業並みの所得確保を可能とする漁業の育成に取り組むと語った。

続いて、佐久間美明・鹿児島大准教授が「漁業経済から見たこれからの漁業」について発表した。

佐久間准教授は、原油高の傾向が続くなかで漁業が生き残るためには、経費を抑えて高く売ることが必要だとして、「資源量増大による努力量当たりの漁獲増と組織的取り組みや技術開発による努力量あたりのコスト削減」で、過当競争による高コストからの脱却を訴えた。

「流通面でも上手に魚を売る主体が不在であり、工夫をすれば利益が高まる局面はある」として、漁業者も新たな販路を開拓するべきだと主張。「品質を高めることによって販売価格も上昇する。そのためには流通業者や消費者とのコミュニケーションが重要だ」と述べた。

さらに流通・加工業者との縦のつながり、漁業者同士の横のつながりが希薄である点も指摘。カツオで新たな商品開発や販売などを続けている枕崎などを例にあげ、漁協が自ら販売して、試行錯誤の経験を重ねていくべきだと提案した。また、経営安定化の鍵として、生産から流通の過程までトータルに踏み込んで、他業種と連携していくことをあげた。

最後に山川卓・東大大学院准教授が「漁業コスト高・魚価安時代の漁業」と題して発表した。

山川教授は、世界の総原油消費量の1.2%を海面漁業が占め、1トンの魚を獲るのに平均620リットルの燃料を消費していることを指摘。コスト削減に対する協調行動が進み、消費者の支持も得られるとして「燃油消費量管理型漁業」を「資源管理型漁業」とセットで推進することを提案した。

地元水産物の消費拡大策として、飲食店やスーパー、旅館などの取扱店を漁協が独自に認証・推薦する。スーパーに対して地元鮮魚コーナーの設置を依頼して、より多く扱う店を差別化し、スーパー間の競争を導入。さらに産地市場の買参権を与えて、大手量販店による販売価格逆算型の価格決定から脱却すべきだと主張した。

その後、総合討論へと移り、会場からは「いまあるエンジンがよりクリーンで低燃費になることを考えてほしい」「まき網や定置網に稚魚がたくさん入ってしまう。海に放す工夫ができないか」「一般の人々に自分たちのやっていることの重要性をアピールするべき」「陸の海に対する影響を調べて情報を発信するべき。50、100年後の水産を考えていかばければだめだ」といった発言が続いた。

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コストの削減や漁獲物の付加価値向上はもちろん、それぞれの浜がもつ特長をきちんと見極めて、どう最大限に活用していくか。加速する外部環境の変化に対応できる漁業経営の確立が急務となっており、既存からの脱却が強く求められている。成功例の裏には多くの失敗があるはずで、改革に向けた試行錯誤の経験は、突破口を開く大きな力になるのでは。意欲ある漁業者の挑戦は各地で続いており、他産業との連携促進などにおいて果たす行政の役割もさらに重要なものとなってくる。漁業関係者が一同に集まって情報を交換し、考える場はますます必要になってくる。このような集会がさらに各地で活発に行われることを期待したい。(新美貴資)