里山川海を歩くライターの活動記録

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焼きカキブームにわく鳥羽・浦村 消費拡大へ養殖業者が自ら販売

〈『水産週報』2009年5月15日号寄稿、2020年5月25日加筆修正〉

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「牡蠣の国まつり」で人気を集めたカキのつめ放題

「海のミルク」と呼ばれ栄養たっぷりで人気のカキ。全国的な産地としては広島、宮城県が有名だが、三重県でもカキ養殖は盛んに行われている。なかでも県内の約9割を生産する鳥羽市の浦村地区は、焼きカキの食べ放題がブーム。シーズン中は多くの客が訪れ、人気スポットとして注目を集めている。出荷価格の低迷や資材費の高騰といった厳しい経営環境のなかで、養殖業者はイベントなどを通してカキの魅力をアピールし、消費拡大へとつなげている。

▼一万人が旬のカキを堪能

 2009年2月21日に開催された浦村「牡蠣の国まつり」。毎年、この時期に養殖業者などで組織するまつり実行委員会が実施する。今回で10回目を数える地元の一大イベントだ。新鮮なカキが格安な値段で販売されることから、市外からも多くの客が押しよせる。

鳥羽市の南部に位置する浦村は、複雑に入り組んだ麻生浦湾に面し、約1000人が暮らす昔から漁業の盛んな地区。JR・近鉄鳥羽駅からバスで約25分。市街地をぬけて、起伏の激しい曲がりくねった道を進むと、目の前に穏やかな湾が広がり、海面に浮かぶたくさんのイカダが目に入ってくる。

午前10時過ぎにまつり会場で、カキ横丁とも呼ばれる元浦海岸に到着。勇壮な九鬼水軍太鼓が鳴り響き、すでに多くの人で賑わっている。炭火で焼かれているたくさんのカキが、時々ぷつっと音をたててははじけ、磯の香りを放つ。飛ぶように売れていく一皿100円の焼きカキ。殻のうえでプリプリに膨らんだカキが皿に5つ、6つと積まれ、待ち構える客が素早く受け取っていく。

この日に用意されたカキは約5万個。焼きカキのほか、カキフライ(3個100円)、カキご飯(1パック200円)、カキのチャンチャン焼き(1皿100円)などが販売され、カキ汁も無料で配られた。なかでも人気だったのは、30秒間500円のカキつめ放題。開始の笛が鳴ると同時に、テーブルに山と積まれたカキを大人も子供も夢中でつかみ、カゴに押し込んでいく。あふれるほどのカキにどの顔からも笑みがこぼれる。

カキ焼きの作業に追われていた沖勝重さん。先代からカキ養殖を継いで50年になるベテランだ。「1、2月がもっとも身入りが良くてうまい。殻は厚みがあって丸いものがいいよ」と手を休めて教えてくれる。おいしいカキが育つかは、「雨次第。雨が降ると山の栄養分が流れてくる。少ないと身入りは小さくなってしまう」。さらに「台風が来て海がゆすられないとだめ。波の刺激を与えると身がしまる」とも話す。

驚いたのは、沖さんから「木曽川」という言葉を耳にしたとき。伊勢湾の湾奥部に注ぐ木曽川をはじめ、長良、揖斐川の流れが、広い湾内の三重県沿岸を伝ってこの地にまで及び、カキの栄養分を運んでくるという。伊勢湾の玄関口からも近く、多くの河川水が流れ込む麻生浦湾は、カキ養殖に最適な海域といえる。

まつりは正午をまわると売り切れのメニューが続出し、午後1時過ぎに終了した。この日はあいにくの強風で、予定されていたイカダ見学のクルージングは中止となったが、1万人もの人々が浦村を訪れ、旬のカキの味を堪能した。

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まつりで販売された焼きカキ

▼ブームを生んだ販売努力

3年ほど前から焼きカキブームにわく浦村。今では養殖業者が経営する食べ放題の直販店が15軒に増え、どの店も繁盛している。

「口コミで情報が広がり土日は予約でいっぱい。平日も客足は安定している」と話す浦村かき組合委員長の浜田英夫さん。20年前に自身が経営する浜英水産の加工場を改装して、直販店を営んでいる。2500円で、焼きカキの食べ放題にカキご飯、フライ、グラタンなどが楽しめるとあって、家族連れや若いグループ客で店内はにぎわう。

同じく浦村でカキ養殖を行う共栄物産が、昨年2軒目に開いた「与吉屋」。週末は一日に400人もの客が訪れ、1万個のカキを焼くという。土産用の生食用むき身も500グラム1300円で販売。「浦村カキを全国に広めたい」と意気込んでいる。

鳥羽磯部漁協浦村支所の村田孝雄理事は「まつりを始めて浦村の名が売れた。焼きカキブームは直販店のおかげ。地産地消にもつながってくる」と話し、さらなる消費拡大を期待する。

例年1月以降、カキの出荷価格が下降線をたどるなか、養殖業者自らが値段を決めて売ることができる直販店の存在は大きい。生産が間に合わず、浦村の他の業者から仕入れている店もあり、地区全体の養殖経営の収入アップにもつながっている。店のほとんどはホームページを開設し、集客にも積極的だ。出荷は漁協を通さず、個々の業者が独自の流通ルートで販売する。浦村カキのブームは、養殖業者の切磋琢磨による販売努力が生んだといえそうだ。 

▼種カキから1年で収穫

浦村では、現在85の業者がカキ養殖を営み、麻生浦湾には1250のイカダが浮かぶ。昭和初期の1930年頃に始まったカキ養殖は、ボラ漁や真珠養殖とともに発展。最盛期の80年には、経営体数が過去最高の139まで増加。東京や大阪にも出荷されるようになり、浦村カキの名が広まる。浦村支所によると、昨年度の出荷額は推定で約7億円。数量はむき身換算で700トン近く。多くは加熱用のむき身に加工されて、大阪などの都市部へ出荷される。

前述の浜田さんはカキ養殖を営んで30年。現在は30台のイカダを保有し、息子とパート6人で水揚げから加工まで行う。

浦村での養殖は、海に吊るす垂下式と呼ばれる方法。種カキから1年で収穫するのが特徴で、「2年おくと身が入らない。1年物は生食に最適。焼いても甘みとこくがある」と自信たっぷりに話す。

毎年、10月に入ると宮城県からマガキの稚貝である種ガキを購入。アズキ大ほどの種カキが付いたホタテの貝殻に穴を開けて、長さ7メートルの「つりせん」と呼ばれるロープに通す「種サシ」作業を行う。一本のロープに21枚の貝殻を30センチ間隔で固定し、2、3本にまとめて春先まで海中に吊るす。5月頃には、ロープを一本ずつに分けて、秋の出荷まで海中で育てる。一台のイカダに吊り下げられるロープは150から180本にもなるという。

出荷は10月から翌年4月半ばぐらいまで。水揚げされたカキは、一個ずつはずされた後、カゴに入れて再び海へ戻し、1ヶ月程度畜養する。畜養することによって、「欠けてしまったカキ殻が再生されて鮮度落ちを防ぐことができ、身入りも良くなる」。水揚げした後は、加熱用はむき身に加工。生食用は紫外線で殺菌した海水が流れる浄化水槽に18時間以上入れて、減菌処理をほどこす。サイズを大と普通に選別して、むき身、殻付き商品として販売する。

三重県では、生食用のカキの出荷に際して、国の基準よりも厳しい浄化時間を義務付け、浦村の養殖業者も参加する「みえのカキ安心協議会」において、衛生管理を徹底し、安全で安心なカキの提供に努めている。

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浦村のカキを育てる麻生浦湾

▼ 落ち込む価格 心配な環境悪化

焼きカキブームにわく一方で、浦村でも養殖経営は厳しい現実にさらされている。「漁村は過疎化。価格は安いし、漁師は減るばかり」。浜田さんの悩みは深い。カキ養殖でもっとも消耗するロープの価格は、昨年の原油高騰のあおりを受けて2割も値上がりした。殻むきなどの加工作業は人手が頼りで、人件費も重くのしかかる。高齢化と後継者不足も深刻だ。就業者の多くは60、70代で、跡継ぎのいない養殖業者も少なくない。

浦村支所によると、今期の生産量は例年並みを見込むが、出荷価格は「不景気の影響から単価は落ち込んでいる」。この時期、大阪市場で取引されるカキの多くは広島産で、その他は岡山、宮城、三重産。2月末時点の平均相場は、加熱用むき身(普通サイズ)がキロ当たり1200円ぐらい。「前年に比べて2割安」(卸担当者)で、カキ産地はどこも苦しい経営を強いられている。

「みんなでレベルを上げて、安定した品質のカキを生産しなければ。若い人がやっていけるようブランド化も考えないと」。付加価値をあげて収入を増やす取り組みが必要だと浜田さんは説く。

良いカキが育つためには、「水が一番。伊勢湾に注ぐ川、森、山が大切」と話す浜田さんが、今もっとも心配するのは、隣の愛知県三河湾に注ぐ豊川上流で始まろうとしている設楽ダムの建設だ。閉鎖的な三河湾において、矢作川とともに流量の多い豊川は、湾内の生態系を維持する重要な河川だ。三河湾の湾口は、伊勢湾へと開いている。ダムの堰き止めによって伊勢湾の環境が変わり、「海に栄養が流れなくなって生態系が狂ってしまうのでは」と危機感を抱く。

カキが餌とする植物プランクトンの生育には、川が運んでくる山からの窒素やリンといった栄養分が欠かせない。カキ養殖にとって、プランクトンの発生を促す河川は生命線ともいえる。伊勢湾に注ぐ宮川のダムや長良川の河口堰などによって、海は変化にさらされてきた。「息子に継がせていくためにも、どうやって環境を守っていくか真剣に考えている」。険しい表情からでた言葉が帰路も頭から離れなかった。

獲れたてのカキを求めて、毎年多くの人々が浦村へと足を運ぶ。浜を前にして食べる味は格別で、それだけでも大きな魅力がある。その豊かな味を堪能できるのも、伊勢湾に栄養を運ぶ多くの河川、さらには山々があるからこそ。恵まれた麻生浦湾の環境を守って、良質なカキの生産に養殖業者が一体となって取り組むことで、経営の向上、さらに地区の活性化を期待したい。(新美貴資)

※記事中に記載のある価格は、取材当時のものになります。