里山川海を歩くライターの活動記録

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渥美半島・小中山地区 潜水・採貝漁の盛んな三河湾

〈『水産週報』2009年8月1日号掲載、2020年5月26日加筆修正〉

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この地域でオオアサリと呼ばれるウチムラサキ

愛知県の東南端にある渥美半島は、三方を三河湾、伊勢湾、太平洋に囲まれた昔から漁業の盛んな地域。一年を通して多くの魚介類が水揚げされるが、なかでもアサリやウチムラサキ、ミルクイといった貝類が豊富なことで知られている。この地域でオオアサリと呼ばれるウチムラサキは、網焼きで食べるのが名物で人気だ。半島で獲れる貝をピーアールして、地域の活性化につなげようとする取り組みも進んでいる。産地では、潜水、採貝漁によって多くの貝類が水揚げされている。

▼採貝漁が多くを占める

渥美半島のほぼ全域を占める田原市の2007年海面漁業・養殖生産量は1万4631トンで、県内では南知多町一色町に次ぐ数量。シラスの他、アサリやナミガイなどの貝類が主な漁獲物で、潜水や採貝のほか、小型底びき、刺網、小型定置、ノリ養殖などが行われている。

漁業種類のうち、経営体数がもっとも多いのは採貝。03年漁業センサスによると、同市で採貝を主とする経営体は248あり、全体487のうち、半分以上を占めている。また、潜水も44で、貝を獲る漁業が中心となっている。

渥美半島の先端近く、三河湾に面した小中山は、市内でも採貝、潜水漁がもっとも盛んに行われている地区だ。その小中山を訪れたのは、日差しも強くなってきた5月末のある日。昼前に福江漁港に着くと、次々と帰港する小型漁船が目に入ってくる。幅広な桟橋に接岸した漁船からは、この日に獲れた貝を軽トラックに運び込む作業が黙々と行われている。

トラックの荷台をのぞくと、ウチムラサキの入った大きな網の袋がいくつもある。少ない量だが、この日はタイラギも獲れたようだ。

「今はどれも獲れない。去年に比べて少ないから単価は上がっている」。荷揚げ作業を終えて一息ついたのか、若い潜水漁師が笑顔で話してくれる。

この時期、港に揚がる貝はアサリ、ウチムラサキ、ナミガイ、ミルクイ、タイラギなど。このあたりでナミガイはシロミル、ミルクイはホンミルと呼ばれている。なかでも水管を刺身や寿司だねとして使うミルクイは希少なことから、高値で取り引きされる。そのミルクイの代用として、市場ではナミガイが広く出回っている。

水揚げ後は、漁業者の手によって直接、仲買人に売り渡される。なかには、市内外の産地市場まで運ぶ者もいるという。

その間にも、長柄マンガ漁を終えた漁師が近くの桟橋に漁船を横付ける。「今日は全然だめ。身入りはいいけど大きいのはなかった」とこぼしながらも、20キロ近くはありそうなアサリの袋を2つ、船から軽々と運んで足早に去っていく。

漁のある日は、たくさんの貝の水揚げで活気づく。昼ごろの福江漁港で見られるいつもの光景だ。

▼潜水漁の多くは家族経営

小中山で行われている採貝漁は、機械びき、長柄マンガ、腰マンガの3つで、アサリを漁獲対象とする。機械びきは、マンガと呼ばれる爪のついた鉄製のカゴをウインチで引っ張り海底をさらう。長柄マンガと腰マンガは、竿をつけたマンガを船上から、あるいは浅瀬につかりながら、手と腰を使って人力で行う。

これに対して潜水漁は、簡易潜水器(アクアラング)を使って海底にもぐり、ポンプの海水を砂泥中の貝に吹きつけて獲る漁法で、ウチムラサキ、ナミガイ、シロミルなどを対象とする。

小中山で潜水漁を営む経営体は約40あり、そのほとんどは家族で構成されている。

「海底に出ている水管にポンプの水を噴射すると貝が浮いてくる」。イメージしにくい漁法について、潜水歴30年を超えるベテラン漁師が教えてくれる。

漁期は周年で、年間の操業日数は130日ぐらい。一日の操業時間は6時間と決められている。一本で約35分もぐることができる酸素ボンベを5、6本船に積んで漁に出る。

漁場は港から15分ほどのところで、水深は7メートルから20メートルぐらいまで。貝によってもぐる深さも異なる。ナミガイやシロミルは、ウチムラサキより深いところに生息するという。

一日で獲れる量は、狙う貝によっても異なるが、ウチムラサキが200キロ、ホンミルは10キロぐらい。一年を通じて漁獲されるウチムラサキは、この時期も水揚げの中心となる。ナミガイやミルクイは、水温が上昇すると水管を引っ込めてしまうため、夏場の水揚げは少ない。

価格は「ゴールデンウィーク、盆、正月に高くなる」という。別の漁師によると、ウチムラサキの出荷価格はキロ当たり400円から450円ぐらいで昨年並み。シロミルは500円、ナミガイはその3倍の1500円ぐらいになるとのこと。

海中での作業は体への負担も大きく、潜水病の危険が常につきまとう。また、10年ほど前には漁の最中にサメの被害を受けるという事故もあって、漁師の数も減ったという。

現在、小中山では20代から70代までの漁師が潜水を続けている。

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小中山町にある福江漁港

▼地域起こしへ地元の貝を宣伝

小中山の一部の漁師も貝類を出荷する、半島先端にある渥美魚市場には、6月以降もアサリ、ウチムラサキ、ミルガイ、ナミガイのほか、サザエ、アワビ、ホラガイ、イワガキなど、多くの貝類が入荷されている。

地元の渥美商工会は07年度よりキャンペーン「貝づくし渥美」を実施、多くの観光客を呼び込もうと地元で獲れる貝をピーアールしている。むき身にしたアサリを甘辛く炊いた、この地方の伝統料理「あさりの押し寿司」も復活させた。旬の時期にあわせ、今年1月から5月まで土日祝日のみ一日100個を限定販売したが、すぐに完売するほどの売れ行きだったという。

また、いま注目を集めているのが田原市商工会や観光協会、飲食店が行っているキャンペーン「渥美半島どんぶり街道」。参加する22店が、地元産の食材を使った独自の丼ぶりを提案。「大アサリ味噌かつ丼」「大あさり丼」など貝類を使ったメニューも人気で、各店とも客の入りは好調だという。

夏の行楽シーズンを迎え、さらに注目を集めそうな半島の貝。福江漁港に揚がったたくさんのウチムラサキがいまも頭に浮かぶ。この恵まれた漁場で、いつまでも潜水や採貝漁が続いてほしい。そう思いながら小中山の地を後にした。(新美貴資)