里山川海を歩くライターの活動記録

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森川海の連携で三河湾の復活を 愛知県田原市で畠山重篤氏が講演

〈『水産週報』2011年9月15日号寄稿、2020年5月28日加筆修正〉

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「森は海の恋人」と題して畠山重篤氏が講演した

宮城県気仙沼市でカキ養殖を営み、牡蠣の森を慕う会代表、京大フィールド科学教育研究センター社会連携教授などを務める畠山重篤氏は2011年2月25日、愛知県田原市で開かれた第10回愛知観光大学(県観光まちづくり推進協議会主催)において、「森は海の恋人」と題して講演した。

畠山氏は、豊かな海を取りもどすため、漁民による広葉樹の植林活動「森は海の恋人」運動を展開。山、川、海の交流を進め、流域が一体となった環境保全活動に取り組む他、子供たちを養殖場に招き、環境教育のための体験学習にも力を入れている。

畠山氏は講演で、鉄が豊かな海づくりにおいて大きな役割を果たしていることを説明。様々な分野の学問が交流して研究に取り組む、連環学の必要性についても強調した。海の環境を回復させるうえで、畠山氏の語った内容は極めて重要であり、講演の要旨を紹介する。

この講演は東日本大地震が起こる前に行われた。津波によって、畠山氏が代表を務める「NPO法人森は海の恋人」も大きな被害を受けたが、事務局によると、現在は活動を再開。畠山氏は講演活動などを通して、復興支援にも精力的に取り組んでいる。

▼漁師の手で森をつくり流域の人々にアピール

カキ養殖の知り合いが全国にいて、多くの産地を訪ね歩いてきた。三河湾が昔、どれぐらい豊かな海だったかもわかっているが、夏の赤潮のすさまじさを見て、環境の悪化は深刻な問題だと感じている。

私は自分の孫に、お父さんの跡を継いでも大丈夫だと言っている。浜が良くなり、飯が食えるようになったということだ。私たちの海である気仙沼湾は、今の三河湾と同じような状況がずっと続いていた。その気仙沼湾の海が豊かさを取り戻したプロセスを話したい。

赤潮は人間の出す汚れが原因となって発生するが、それまで私たちは、海のことは海で完結すると思って、川を見ることがなかった。

川にはいろんな排水が流れ込む。田畑から流れる農薬や除草剤もそうだが、農家は使わざるを得ない。これまで漁師は農家と意見交換をしないできた。造林計画によって、里山は杉ばかりになってしまった。安価な外国産の木材が輸入された結果、国内の山林は間伐もできず放置されたままだ。汽水域から山へと歩くことで、いろんな問題が見えてきた。

行政には縦割りの壁がある。海の漁師が川のことを言おうとしても、豊かな海を取り戻そうと活動を始めた30年前は何も進まなかった。学問は狭く深くの時代で、当時は頼れる大学、研究者もいなかった。

森と川と海を一つのものとして考えなければいけない。だったら山に木を植えて、漁師の手で森をつくり、流域の人たちにアピールしようと活動を開始した。そんななかで20数年前、学問の境界を越えて研究に取り組む、当時北大水産学部にいた松永勝彦教授(現四日市大学特任教授)に出会い、いろいろと教えられた。

▼森でつくられた鉄が海を豊かにする

松永教授は、北海道東岸のコンブが茂っているところの海には、鉄分がとても多く含まれていることを発見し、海にどういう形で鉄分が供給されているかのメカニズムを解き明かした。

北海道の日本海側ではかつてニシンがたくさん獲れたが、今はぱたっと消えていない。これは江戸、明治時代にかけて原生林が伐採され、海岸に森の養分が届かなくなったことによるもので、研究から海の鉄分が不足していることも明らかにされている。

血液の中をめぐり、酸素を体のすみずみまで運ぶ鉄は、人間にとって必須のものである。植物にとっても、鉄は光合成を行うクロロフィルをつくるのに欠かせない。地球のことを水の惑星というが、これは当たっていない。地球の約30%は鉄であり、太陽系のなかで一番多い物質なのである。

夏場は茶色になる東京湾と青々とした鹿児島湾。ほぼ同じ面積の内湾だが、どちらで魚が獲れるかというと、汚れた東京湾のほうが約30倍も多い。注ぐ河川の少ない鹿児島湾には、森の養分がたくさん流れてこないのである。

森でつくられた鉄分が、海を豊かにする。その流れをダムや堰で止めてしまうと、海は枯れてしまう。森と海はしっかりと結びついている。このことを知らなければ、沿岸域を復活させる計画はつくることができない。

京大では農学、林学、水産学などが交流して研究に取り組む、フィールド科学教育研究センターが8年前につくられ、「森里海連環学」が立ち上がった。「里」があることで、人間の生活も含まれ、文系の学問も入ることができる。それぞれの学問の交流が生まれ、連環学が動き出している。

▼人の心に木を植える

流域の人々の意識が変わり、森と川と海が一つにならなければ、海は良くならない。そう考え、川の上流の子供たちを海によんで、カキやホタテを食べさせ、プランクトンを飲んでもらう体験学習を長年にわたって続けている。

体験学習を通して、子供たちは環境や食物連鎖について学び、田畑の農薬や除草剤、家庭での洗剤を少しでも減らそうと考える。時間はかかるが、教育のなかにこうした学習を組み込むことはとても大切だ。学習を受けた子供のなかからは学者もうまれ、人の心に木を植えるのも大事なことだと気が付いた。

20数年かかったが、行政も乗り出して、流域の人々も同じ思いになり、川の環境もだいぶ良くなってきた。川が良くなると海も良くなり、ウナギが復活してメバルも増えてきた。だから子供にも、跡を継いで大丈夫だと言える。

教育がいかに重要であるか。森に木を植えるのは、人の心に木を植えるということ。環境の問題は人間の問題である。

これからは地域資源を活かした観光、まちづくりも重要になってくる。森、川、海が連携すれば沿岸はよみがえる。この渥美半島のあたりは農業が盛んで、たくさんの農産物に恵まれている。あとはどうやって豊饒な海を取り戻すかだ。海が良くなれば、自給率を上げる政策をしなくても、地元で獲れたおいしい食べ物で食卓はあふれる。

日本の真ん中にあるのが三河湾。そこに伊勢湾、木曽三川、流域の人々、さらに大学も加わり構想を練って取り組み、三河湾が復活すれば日本の夜明けだ。意を決して事を起こせば、必ず救う神があらわれる。ぜひ鉄の科学を学んで、三河湾を復活させてほしい。

(新美貴資)