里山川海を歩くライターの活動記録

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名古屋市場で魚食普及セミナー 食育関係者ら60名が学ぶ

〈『水産週報』2014年寄稿、2020年5月28日加筆修正〉

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食育に携わる関係者を対象に開かれた

名古屋市中央卸売市場の本場(同市熱田区)で2014年2月8日、食育に携わっている関係者を対象にした「魚食普及セミナー」が開かれた。身近にある魚を使い、五感を駆使して学ぶことができる講座で、魚食普及への取り組みを実際に体感し、理解を深めてもらおうと企画された。水産庁が進める国産水産物流通促進事業の一環で、大日本水産会と全国中央市場水産卸協会が主催し、市中央卸売市場協会、同市場の水産卸3社(中部水産、大東魚類、名古屋海産市場)、おさかなマイスター、市食育応援隊メンバーらの協力によって実施された。

セミナーには、幼稚園で働く教員や調理師、料理教室を主宰する講師ら約60名が参加した。おさかなマイスターの講義を受け、煮干しを解剖して魚の体の構造について学んだ他、煮干しとカツオの出汁を使った味噌汁を飲み比べたり、鮮度の異なる2種類の養殖カンパチの刺身を食べ比べたりしてその違いを確認。引き続いて行われた昼食会では、セミナーを企画・運営した市場関係者らも加わり、魚食普及の活動について意見を交換した。

セミナーの冒頭、主催者を代表して大日本水産会魚食普及推進センターの宮本博紀事務局長が挨拶に立ち、同センターの活動や同事業の趣旨について説明。「毎日の食について健康に目を向け、どういう食を選んだらよいのか考えることが大切」などと述べ、栄養をバランスよく摂取するうえでの魚食の重要性を強調し、参加者に普及活動への理解と協力を求めた。

続いて、同市場の開設者である同市より本場業務課の安田実課長が挨拶し、安全で安心な生鮮食料品を安定的に供給する市場について、その機能やこれまでの歴史、年間取扱高などを紹介した。

▼基礎知識について話題を提供する

その後、座学へと移り、おさかなマイスターで、水産庁長官が任命する「お魚かたりべ」でもある神谷友成さん(中部水産取締役販売促進部長)が、「おいしく食べて自給率アップ!魚の良さを知って!教えよう!」と、今回のセミナーの目的を示し、魚の骨格や歯の特徴、含まれている栄養や水産物の消費動向、養殖の定義や種苗を放流してつくり育てる栽培漁業などを講義し、魚の基礎知識について話題を提供した。

神谷さんは、魚介類の1人1日当たりの摂取量が平成18年に初めて肉類を下回ってその差が拡大し、全ての年齢階層において摂取量が減少している現状を説明。サケやブリなどの切り身が消費者に好まれている一方で、アジやサンマなどの丸の魚は、骨があって食べるのが面倒なことから敬遠されている消費の状況について触れた。

また鮮度について、身のやわらかい活魚が活けじめ・野じめによる死後硬直でかたくなって、そこから徐々に熟成が進んでやわらかくなり、劣化して腐敗へと向かう身質の変化を図でわかりやすく解説した。

参加者とのコミュニケーションを重視する神谷さんは、講義のなかで何回も質問を投げかけた。「お店で1000円の魚。漁師はいくら手にすることができるのか?」。この問いに、生産者のもとから食卓にあがるまでの流通経路と、その間に氷や箱代、運賃などの様々な経費がかかることを示したうえで、農水省の調査結果から293円と解答すると、会場からは予想を下回る金額に驚きの声があがった。こうした流通の実情をふまえて、「魚を安く上手に食べるためには消費者の協力が必要」と神谷さんは話し、参加者に理解を求めた。

煮干しの解剖では、神谷さんの指導のもと、参加した全員がイワシの頭を取って爪で胴体を割り、内臓をはずして魚の体を構成する部位について学んだ。

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煮干しとカツオの出汁でつくった2種類の味噌汁と、鮮度が異なる2種類の養殖カンパチの刺身を食べ比べた

▼鮮度の異なる刺身を食べ比べる

続いて行われた実習は、会場内にある調理場へと場所を変え、名古屋鮮魚卸協同組合青年会の岩田隆臣会長が養殖のカンパチを手にとり、さばき方を実演した。

頭を落として内臓を除き、皮をはいで魚体を分けていく工程の一つひとつを説明し、見事な包丁さばきを披露する岩田さん。参加者からは感嘆の声があがり、その一挙手一投足に注目が集まった。解体にあわせて神谷さんが魚の模型を使い、中骨や内臓の位置などをわかりやすく指し示した。「食材は無駄にしない。全部をおいしく食べてほしい」と話す岩田さんは、カマの部分やあばら骨、肉間骨を取り除く際にはたくさんの身がつくよう大きく切り分け、それぞれを商品として生かすプロの工夫を伝授した。

その後、試食を兼ねた昼食会となり、参加者のテーブルには、愛知県産のワカメを入れ、煮干しとカツオの出汁でつくった2種類の味噌汁と、前日にしめたものとセミナーの直前まで活きていた、鮮度が異なる2種類の養殖カンパチの刺身が並んだ。

味噌汁を飲み比べて、その違いを確かめた会場からは、保育園や幼稚園などで給食の時間に行われている、当番の生徒が味見をして、献立の内容や味、食感などを伝える「味見当番」にならって、選ばれた2名の男女が代表し、「カツオのほうがさっぱりしている」「煮干しのほうは魚の味がしっかりでていて香りがたっていた」などと感想を発表した。

2種類のカンパチの刺身を食べ比べた参加者らは、直前にしめたほうは透明感があって「コリコリして弾力があり」、前日に処理したほうはやや白濁し「やわらかくてうま味がある」などと感想を交わした。筆者も味噌汁と刺身を口に入れて、それぞれの味や食感、香りの違いを確認し、全員と同じ体験を共有した。

▼選択の幅を広げて豊かな食生活へ

今回のセミナーで実施した内容のほとんどは、同市場で何年も前から継続して開かれている親子食育教室で、子どもたちを対象に行われているものだ。筆者は同市場の内外で、魚食の普及活動を牽引する神谷さんのこうした実習や講義を何回も取材してきたが、そのたびに耳にし、印象に残るのは、「上手にさばけるようになることが目的ではない」「どちらが良いか悪いかではない」「大事なのは違いがわかって選べること」といった言葉である。これらの発言のなかに、普及活動を通して子どもから大人まで、多くの人びとに伝えたい真意が込められているのだと思う。今回のような体験を記憶に刻むことによって、自分のなかでの選択の幅はぐんと広がる。そのことが、より豊かな食生活の実現にきっとつながるはずである。

食の専門家を対象にした同セミナーの開催は、東京以外では初の試みとなる。同市場では5月まで毎月1回開かれる予定で、魚食普及に向けた活発な取り組みが期待される。

(新美貴資)