里山川海を歩くライターの活動記録

水産のいろんな世界を歩き見て、ひとの営みや暮らしを伝えています

〈新美貴資の「めぐる。(101)」〉自分を諦めないで 若人に伝えたいこと

〈『日本養殖新聞』2020年11月15日号寄稿〉

三重県鳥羽市に石鏡(いじか)という漁師町がある。ここに毎年、奈良県の中学校から生徒が臨海実習をしにやってくる。泊まるホテルでは、夜になると学生たちがグループに分かれ、大人たちから講話を受ける。

講話は、さまざまな人の生き方を知り、自らの生き方を考えるのが目的で、伊勢の海と関わる海洋生物学者や海藻の専門家、地域の活性化に取り組む活動家など8名が講師を務めた。私も昨年に続いて招いてもらい、「自分の興味をふくらませて探求する~水産ライターの仕事とは」について約1時間話した。

学生たちには、取材で撮影した水産業の様々な場面の写真を見せて説明する。そして、フリーライターがどんな仕事かということだけでなく、私がこれまでに体験した挫折や失敗なども伝える。そこからなにかを感じて、響くものがあったらうれしい。

私には年に何回か、学生や子どもたちに水産業やウナギ、ライターの仕事などについて話す機会がある。今回は、このような場で私がどのようなことをしゃべっているのか、少し紹介してみたいと思う。

水産業とは「水産動植物の漁獲・採取・養殖・加工に関係する産業」(『広辞苑』第六版)である。

浅海でアサリを捕る。川で落ちアユを漁獲する。海上でクロノリを摘み、工場で加工する。魚市場で魚を仕入れ配送する。カマボコを製造する。しぐれ煮を作る。店で魚をさばいて売る…。水産業にはたくさんの仕事がある。産地から消費地まで、多くの職人が役割を担うことで、私たちはおいしい魚を食べることができる。各地で水産業に従事し、汗を流す人びとのことを伝えたい。そう思って取材を続けてきた。

文章に正解はない。だから難しいし面白い。だけど、書くことは怖い。ひょっとしたら誰かを傷つけたり、どこかで迷惑をかけたりしてしまうかもしれないから。自分が楽しくなければ、どんな文章を書いても読者に面白さは伝わらない。心のなかにわくわくする好奇があれば、興味の対象はどんどん湧いてくると思う。

私には、将来なりたいものはなかった。就職氷河期にたまたま拾ってくれた東京の小さな業界紙に職を得た。流されてもいい。与えられた場所で一生懸命にやってみる。そして、夢中になれるものが見つかったら、とことんやってみる。そこからなにかが見えてくる。世の中にはいろんな仕事がある。自分を生かすことのできる可能性が、きっとどこかに眠っているはずだ。

ときには逃げることも、立派な前進である。私はサラリーマン時代に心身を病み、多くの大切なものを失った。逃げる勇気が持てなかったため、絶望の淵に長く沈んだ。それでも私は感情を取り戻すことができ、今こうして生きている。

どんな苦境にあっても、自分を諦めない。1%でいいから信じてほしい。きっと未来につながるから。社会に羽ばたく若人たちに、これからもエールを送り続けたい。

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水産業には「獲る・育てる」「集める・選ぶ・分ける」「作る・売る」があり、多くの人がいろんなところで日夜働いている

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