《日本養殖新聞2021年3月15日号寄稿》
ふと思った。なぜウナギは川を上るのだろうかと。遡上(そじょう)。『広辞苑』には、「流れをさかのぼって行くこと」とある。
マリアナ諸島の西方海域から、東アジアの沿岸域までのふ化してからの移動も大変だが、一部のウナギはそこから河口に入り、さらにさかのぼる。ウナギの長い旅は、一体どこまで続いて、いつ終わるのだろう。
私がウナギだったら、沿岸域にとどまるのが一番楽だし安全だと思ってしまう。川を上るにしても、流れがゆるやかで水量が十分にあり、ダムや堰のない大きな河川の下流域のあたりが、暮らすのに最適ではないか。
ある程度の川幅と水深があれば、すみかも確保しやすいはず。食べる物にもきっと困らないし、産卵期が近づいたら、海にも比較的容易に下ることができる。
そうした私の想像を超えて、ウナギは流路の狭い支川の上流や、河川とつながる田んぼやため池、水路にまで入りこむ。
ウナギのなかでも、遡上するものと沿岸にとどまるものがいるらしい。何が行動を決め、そこにどんな意味があるのか。止まない好奇心が頭の中でずっとぐるぐる回っている。
「香流川(かなれがわ)」。私が好んで通う「マイリバー」だ。愛知県長久手市や名古屋市などを流れる、全長約16キロの小さな都市河川である。流れは矢田川へと注ぎ、さらに本川の庄内川を下って伊勢湾に到達する。香流川と矢田川の合流点から海までは、30キロはありそうだ。
香流川にも、かつてはウナギがいた。『香流川のほたるVol.2』(1991年、香流川のホタルを守る会発行)には、30年ほど前に見られた魚についての記述があり、ウナギもいた。ということは、1960年頃にウナギはこの川まで上って来ていたのである。
同書には、「現在」(発刊当時)採集できる魚も記載されているが、そのなかにウナギは入っていない。
また、『愛・地球博会場周辺水辺ガイドマップ』(2005年、名古屋市水辺研究会執筆・編集、愛知県環境部発行)にも、指標生物を主に掲載した、香流川を含む河川別の生物種一覧があるが、ウナギの記載はない。
近年の香流川でウナギを確認したという記録や情報は、今のところ入手できていない。
香流川にウナギがいる可能性はゼロではないと思っている。その先の矢田川では、ウナギの生息が確認されている。名古屋市内の下流域は、落差のある人工横断構造物やコンクリート護岸が続くものの、ウナギのすみかとなりそうな水際やコンクリートブロック、流れに緩急のある変化に富んだ多自然な区域もある。
この区域では、下流域の他と比べてカメ類やカモ類などの生き物を多数確認することができた。生物の多様度がある程度確保されていると思われるこの場所であれば、ウナギは暮らすことができるかもしれない。
ウナギはいるのかいないのか。想像すると胸が高なる。可能性を探り調べてみたい。