里山川海を歩くライターの活動記録

水産のいろんな世界を歩き見て、ひとの営みや暮らしを伝えています

【新美貴資の「めぐる。109」】人と人をつなぐ飲食店 生かし生かされて回る世界

〈『日本養殖新聞』2021年7月15日号寄稿〉

この店に来るとリラックスできる。あの店主や店員に会いたい。そんな飲食店が皆さんにはありますか。

コロナ禍の重苦しい空気に押しつぶされそうになる時がある。その一方で、自分を見失いそうになるくらいの速さで変化していた日常が止まり、どこかで少しほっとしている自分がいる。

コロナが収束した後の世の中の動きは、以前よりもっと加速するのではないか。そして、経済活動による自然の破壊がもっと進み、環境の悪化がさらに深刻なものになってしまうのではないか。そう思うと怖くなる。

鬱屈した気分を変えたくなる時が近頃よくある。心のこもった料理を食べたい。笑顔を見て元気な声を聞きたい。私のことを知っている誰かと冗談口をたたきたい。私が暮らす近くには、そうしたことをかなえてくれる場所がある。

ウナギと海鮮と焼肉の店。それぞれ友人や同級生が営んでいる。仕事が一段落したり、時間があってふと顔が浮かんだりした時に一人で訪れる。

ここでは地域に密着し、家族や個人が経営する飲食業を念頭に置き書いているが、飲食を提供する店は昔からずっと続いてきた。『和食とはなにか 旨みの文化をさぐる』(原田信男著)によると、日本において料理屋の出現は、近世までさかのぼることができる。

飲食業と小規模な漁業や農業には、共通するところがあると思う。食の流通における始点と終点にあって、私たちが生きていくのに必要な自然からの命を扱う。食べ物の供給者であり、地域に根を張り、まわりとの関係を大切にしながら地道に営んでいる。

では、飲食店に期待したいことやこれからの可能性について考えてみたい。

飲食業は、私たちに食べ物を提供する食の流通における最終出口の一つで、生産者が獲ったり育てたりした生産物を料理に仕上げる。私たち消費者と直に接する立場にあり、食のプロとして、扱う食材やその食材が生産された所の環境について伝えることができる。消費者からの声を、流通の川上に積極的に伝えることも重要で、離れてしまった生産と消費をもっと近づけることができるだろう。

その土地で暮らす人びとに愛されている飲食店は、郷土の味を守る貴重な存在となりえる。地域との関係を大切にしている店であれば、昔からそこで作られている食材や調味料や道具を使い続けているはずで、食文化の持続に貢献しているのである。

飲食店とそれを取り巻く人びととの関係は、枝葉のように広がっており、人間同士が生かし生かされて、飲食の世界は回っている。こうした長年にわたる関係を大事に守り続けていくことが、地域の循環を良くし、血の通った経済を回していくことになる。

人と人をつなぐ飲食店の存在は大きいと、このコロナ禍で改めて思った。いつどんな時に訪れても笑顔で迎えてくれ、元気をもらうことができる。喜びも悲しみも優しく受け入れ、そっと包み込んでくれる。そんな店にこれからも通いたい。

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多くの飲食店が並ぶ名古屋市中区の大須商店街

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