里山川海を歩くライターの活動記録

水産のいろんな世界を歩き見て、ひとの営みや暮らしを伝えています

〈新美貴資の「めぐる。(72)」〉川舟を制作し技術を記録 長良川の和船技術継承に向けて

〈『日本養殖新聞』2018年6月15日号掲載、2020年4月17日加筆修正〉

この春に岐阜県立森林文化アカデミーを卒業した学生が「長良川和船技術継承に向けた取り組み」をテーマにした課題研究で川舟を制作した。この和舟を見ようと、美濃市にある専門学校を訪ねた。作ったのは、森と木のクリエーター科の木工専攻に在籍していた古山智史さん(30歳)。古山さんは長良川の上流域で利用されてきた「四つ乗り」と呼ばれる舟を、市内に工房をかまえる舟大工の那須清一さん(86歳)から指導を受けながら、60日くらいかけて完成させた。

 古山さんに案内してもらい、アカデミーに保管されていた舟を見る。全長約5メートル。10メートル以上ある鵜飼舟に比べるとずっと小さいが、形のとがった前方と四角い後方が特徴の四つ乗りは、まじかで見るとずっしりと重く、できあがったばかりの舟体は輝いてまぶしく見えた。

古山さんが作る過程には、建造技術の記録だけでなく、那須さんからの匠としての学び、長良川の漁撈文化についての推考、木と向かい合うことを通した自然との対話など、いろんな意味での濃密な時があり、でき上がった舟には、関わった人たちのさまざまな思いがこもっているはず。一つひとつの箇所について、どんな風に作業を行ったのかなどを聞きながら、見て触れているうちに、長良川に早く浮かびたい。川の水の冷たさや乗る人の温もりを感じたい。そんな声が舟から聞こえてくるようだった。

 古山さんは、アカデミーで昨年行われた鵜飼舟を作るプロジェクトに制作スタッフとして参加した。このプロジェクトは、アメリカ人舟大工で和船研究者のダグラス・ブルックスさんが、那須さんの技術指導のもとで鵜飼舟を制作し、その工程と技術を記録するという試みだった。古山さんは、和船を作る技術に関心を持つと同時に、船大工の後継者不足や造船技術の記録がないことを知る。課題研究では、那須さんの技術を記録としてまとめるとともに、長良川における和船利用の現状を調べ、需要についても模索した。

 和船は、板と板をつなぐことによって構成される。長良川の舟の板には「高野槇(こうやまき)」が使われ、その接合には鍛冶職人の作った船釘が用いられる。水が漏れないよう板と板を密着させるのは、造船においてもっとも大切なことであるが、それを可能とするのが「すり合わせ」という舟大工が持つ技である。板と板の間でノコギリをひくことにより、接合面を合わせて密着させる。このときの作業について古山さんは「板と板を手加工で合わせていくのは難しかった」と振り返った。

たくさんの舟大工の道具が並ぶ工房で、那須さんと古山さんに話をうかがった。長良川の和船は「歴史のなかで漁をやる人の業種、川の状況に合わせ、仕事のしやすい形に進化した」。長年にわたり長良川を見守り、舟を作り続けてきた職人の言葉がうちに響く。実用であることこそが、道具が道具である不変の真理であり、そこに本物の伝統というものがあると思った。

 長良川に残る、漁船を作ることのできる現役の船大工は、那須さんを含め2名である。和船の減少とともに船大工も減った。

古山さんは愛知県の建設会社に4年間勤めた後、木工を学ぶため2年制のアカデミーへ入学。卒業して4月からは岐阜県内の木材加工会社で働いている。まとめた課題研究について「この記録がどこかで役に立てば」と話し、制作した舟は「使ってくれる人が見つかれば」と希望を描く。古山さんの作った舟が、長良川に浮かぶその日を楽しみに待ちたい。

f:id:takashi213:20200226105342j:plain

 

f:id:takashi213:20200228101658j:plain