〈『DoChubu』2012年2月18日更新、2020年4月22日加筆修正〉
今月の特集で紹介するのは、三重県の鳥羽市です。鳥羽というと、複雑に入り組んだ海岸線が続き、その地先には大小の島々がうかぶ、風光明媚なイメージが浮かんできます。伊勢湾の玄関口にあたる海からは、四季を通じてさまざまな魚介類がとれ、全国から訪れる多くの観光客の舌を楽しませてくれます。海とともに生きてきた長い歴史をもつこの鳥羽で、残された自然のすばらしさを見つめなおし、大切に守りながら次の世代へつないでいこうとする活動が、地元の人たちの手によって行われ輪を広げています。
鳥羽をふくむ伊勢志摩エリアで、遊びをとおして自然のもつ魅力にふれて学ぶ。そんな活動を行っているのが、自然保護団体の「秘密基地研究会(以下、キチ研)」です。海や山、川などの自然観察、木登り体験など、キチ研の遊びに決まったルールはなく、活動場所もさまざま。楽しいことは仲間とともになんでもチャレンジしてしまうのだとか。
「探検」と聞くだけでわくわく心が芽生えてしまう記者。いったいどんな人たちが、どんなことをしているのか。もっと詳しく知りたいと思い、キチ研の発足時からの中心的メンバーで、ダイビングプロショップ「GYPS(ジップス)」を経営する幸田高由さんの伊勢市内にある事務所を訪ねました。
楽しいことはなんでもチャレンジ
今回の取材では、鳥羽市浦村町にある海の博物館で特任調査員をしている佐藤達也さん、同町でカキ養殖などを営む浦村アサリ研究会会長の浅尾大輔さんが案内役をかってくれました。
伊勢志摩の自然をこよなく愛する佐藤さん、浅尾さんもキチ研の面白さにすっかり魅せられはまっているメンバーです。いったいどんな展開になるのか。まったく予想もつかないままに事務所を訪問すると、にっこり笑顔の幸田さんが出迎えてくれました。その瞬間、なんだかとても楽しい時間が始まることを記者は早くも予感したのでした。
手をいれて改築したという趣のある木造の家屋に併設してある幸田さんの事務所。木のぬくもりがじんわりと伝わってきて、あたたかみを感じる部屋のなかには、見たこともない道具や置物、小物がたくさん。落ち着く癒しの空間のなかで、幸田さんがこれまでに体験したこと、キチ研の始まりから現在までの活動などについてうかがいました。
キチ研が発足したのは2000年のこと。伊勢志摩の自然のなかで、すでにいろんな「遊び」を実践していた幸田さん。県が所有している森林について、なにか有効利用できないかと相談を受け、だったらみんなが楽しく遊ぶことができるツリーハウスをつくったらどうかと提案したことから自然発生的に仲間が集い、グループの土台ができあがったのだそうです。
活動が動きだすと、遊ぶことの大好きな多くの仲間がさらに集まり、その範囲は田んぼ、森、川、海を中心にどんどん広がります。楽しいことはなんでもチャレンジするキチ研のメンバーは現在約70人。海や山、川などの自然観察、木登り体験、浜の漂着物を拾い集めるビーチコーミングのほか、放置されている人工林や竹林の伐採、しならせた竹でつくるスタードームを子供たちと一緒に組み立てたり、遊ぶ内容もいろいろ。今月からは無人島プロジェクトも始まり、楽しい秘密基地づくりが動きだしています。キチ研では、気のむくままに老若男女のメンバーが集い、遊びのなかで自然の面白さを満喫しています。
あらゆることを面白さに変えてしまう幸田さんは遊びの達人。健康な森づくりには欠かせない間伐の作業も、幸田さんにとっては楽しい「スポーツ間伐」。チェーンソーのエンジンをかけて、その日の調子をみたり、整備したりするのもすべてが面白いのだとか。いろんな団体などからの依頼を受け、木登り講座も開いています。
ロープだけを使って木に登る、「木登リスト」を養成する映像を見せてもらうと、佐藤さん、浅尾さんも画面に釘付けです。そんな二人に幸田さんは夢中で解説を続けます。話を聞いているうちに、わくわくとした雰囲気が充満し、この空間からあふれでそうです。木に登っている大人も子供もみんな笑顔。とてもいい表情をしています。
「ちっぽけなところに住んでいるのが上から見えるんだと思う。細かいことを気にしなくてもいいんだなというのがわかってくる」。幸田さんから発せられる含蓄のある言葉に、その場にいた全員が大きくうなずくのでした。
活動にあるのは遊びの心
伊勢市内で生まれ育った幸田さんは、学生のころに地元の海にもぐって見た、たくさんの生き物であふれる世界に惹かれてダイビングにのめりこむようになったそうです。関東で大学、サラリーマン生活を送り、その後はヨーロッパへ。デンマークやイギリス、イタリアなどを約2年旅して歩き、故郷の伊勢にもどってからは、大工として建築の仕事に従事するかたわら、潜水士として海や川の生き物の調査にも取り組んだのだとか。
そのころは1970年代の半ばで、伊勢志摩の海がまだとても豊かだったころ。生い茂るたくさんの海藻をかきわけてもぐると、海底にはいまでは見ることのできない巨大なクエやでっぷりと太ったイシダイと出会うことができたのだそうです。そんな海をもぐって見続けるなか、「どんどん多様性が失われていくのが気になっていた」と幸田さんは語ります。
その後、川と海を行き来するアユの調査を通して、海だけでなく川も環境が悪化していることに愕然とし、その大きな原因が荒廃した山にあることに行き着きます。経済が高度成長を遂げるなかで、それまで山を守っていた林業は大きく衰退し、人の手が行き届かなくなってしまった山の森林は、間伐や枝打ちもされないまま放置されるばかり。山の栄養分を川や海へと供給し、生き物の多様性を育む素となる腐葉土は、陽の当たらなくなった森のなかで結合力を失い、雨によって洗い流されてしまう。保水力を失った山はちょっとした雨でも崩れやすく、降り続くたびに川は濁り、海の環境を乱す富栄養化を促進させてしまうのです。
そんな山の深刻な状況を目の前にして、幸田さんの活動は、海から川、さらには山へと広がっていきます。「身の回りのことができなければ、地球規模のことはなにもできない」。そう思った幸田さんは、海にもぐるダイバーたちを連れて、いまの自然の現状を見てもらおうと、もう20年も前から近くの山へと案内を続けています。森の大切さについて、「そうなんだと思い出したのは、幸田さんに山へと連れていってもらってから」と佐藤さんも話します。
幸田さんの活動のすべてにあるのは「遊び心」。そしてそれは、キチ研メンバーのみなさんにも同じように共通してあることなのでしょう。人の住むところに豊かな生物の多様性があるというのが、幸田さんの抱く理想の環境であり夢です。自分たちの遊ぶ場所だから、その大切さに気づき、守ろうという気持ちが芽生えてくる。こうした想いを多くの人が共有することによって、自然と人との共生は実現に近づくのかもしれません。さまざまな遊びをとおして自然と対話し、その声に耳を傾け続けるキチ研の活動に、ますます興味が深まりました。
(新美貴資)