里山川海を歩くライターの活動記録

水産のいろんな世界を歩き見て、ひとの営みや暮らしを伝えています

流域の環境保全で漁業の再生を 環境フォーラムで元三重漁連部長の畑井育男氏が講演

〈『水産週報』2010年7月15日号寄稿、2020年5月27日加筆修正〉

f:id:takashi213:20200527150733j:plain

会場には多くの参加者がつめかけた

株式会社エステム(愛知県名古屋市)主催の第20回環境フォーラム「水がつなぐ生命(いのち)~私たちの環境と海からの恩恵~」が2010年6月4日、名古屋市内で開かれた。

環境について考えることを目的に企画されたこのフォーラム。今年10月には生物多様性の国際会議・COP10生物多様性条約第10回締約国会議)が名古屋で開かれることから、キーワードを「生物の恩恵」とし、中部大教授で2010年生物多様性広報参画委員会座長などを務める涌井雅之氏、元三重漁連指導部長で現在は伊倉津産業株式会社代表取締役、山川海ネットワーク新雲出川物語推進委員会委員長の畑井育男氏の2人が講師として招かれ講演した。

長年にわたって漁業の現場に携わり、市民と事業者が一体となった流域の環境保全運動にボランティアで取り組んでいる畑井氏。同氏が「伊勢湾の恩恵と未来」について講演した内容を紹介したい。全国でも有数の内湾漁場である伊勢湾は、環境の悪化から漁業生産量が減少し、操業する愛知、三重両県の漁業者は厳しい経営を強いられている。その一方で、伊勢湾の再生に向けた動きも各地区で活発になっている。以下、発言要旨を掲載する。

▼減少続ける水揚げ量

伊勢湾は木曽三川の河口から三重県の鳥羽、愛知県の伊良湖岬の湾口まで、大きく広がっている。昔から漁業、海運が盛んで、すばらしい景観や豊かな自然がある海として残ってきた。その身近な里海である伊勢湾は、産卵場や稚魚の育成場としての機能を果たしてきたが、昭和30、40年代の沿岸開発などの影響を受けて水質が悪化し、水産物が大きく減少している。

三重県の統計データを見ると、県全体の水揚げ量は昭和59年の27万トンをピークに現在は17、18万トンまで落ち込んでいる。このうち、伊勢湾内の水揚げ量も46年の7万5000トンをピークに減少を続け、2万5000トンから3万トンぐらいで推移している。

わたしが漁業団体に所属していた平成9年、伊勢湾で魚を獲っている漁師546人にどんな魚が減ったのか聞き取り調査を行った。もっとも多かった答えがアサリ。その他、カレイ、イワシ、サワラ、クルマエビなど。回答をまとめると、38種類以上の魚の名前があがった。昔はいろんな魚介類を食べることができ、豊かな魚食文化が形成されていた。

▼埋め立てた面積は甲子園球場70個分

魚が減った一番の要因は、環境の変化にある。沿岸開発、水質の悪化、赤潮の発生・貧酸素水塊の発生、漂着ゴミの増大など。人間の生活が高度になって、工場排水など、さまざまな汚染物質を海へ流し続けてきた。伊勢湾の漁業生産力は、藻場・干潟の減少、漁具・漁法の改善、食生活の変化などによって大きく変わってしまった。昔はたくさんの魚屋が前浜でとれた魚を売っていたが、今はスーパーが販売の中心。確実に売れる魚だけを扱い、売れる価格でしか販売しない。昔からとれて、食べていた魚が流通しなくなったことも問題だ。

昭和53年から、伊勢湾がどれだけ埋め立てられたか。データを見ると、甲子園球場約70個分の2700平方キロメートルにも及ぶ。伊勢湾の水質は汚れが進み、赤潮苦潮の発生件数は横ばいだが、年間40から60回発生しており、漁業への影響も大きい。また、大雨後の流木の被害も深刻だ。時には漁港のなかまで入ってしまい、漁船が出港できないときもある。河川から湾へと流れ出るゴミも大量で、無視できない問題だ。

そのようななか、昭和46年から毎年7月20日の「海の日」を中心に県下では一斉海浜清掃が行われている。私の住む津市も20キロの海岸線があり、7月には自治会や団体、ボランティアと一緒に一斉清掃を行っている。

▼海と川、森をつなぎ水の流れを考える

伊勢湾の漁業生産が激減しているなかで、平成9年から海を守ろうと、海と川、森をつなぐ運動にボランティアで取り組んできた。県の中央部を流れる1級河川・雲出(くもず)川をシンボルにして、流域の住民、事業者、森林組合、漁協にも参加をお願いして「新雲出川物語推進委員会」を平成20年に結成した。

山川海のネットワークによる森づくり、市内の環境フェアへの参加、小学生の海岸パトロール、山と海の子供たちの交流などを通して、雲出川流域の水の流れをみんなで考え、雲出川の自然のピーアール、流域の物産の再評価などに力を入れている。

里海である伊勢湾を取り戻すためには、湾を取り巻く地域での環境保全活動や流域での水質保全運動が必要だ。漁業資源の保護運動、藻場・干潟の再生、水産研究の向上が求められる。漁業資源の保護については、漁獲物の体長制限に取り組むなど、高齢化が進むなかで若手の漁業者ががんばっている。藻場の再生についても、湾内の各地区で理解が進み、造成が始まっている。

三重、愛知の水産研究は能力が高い。ハマグリで有名な桑名の赤須賀漁協では、資源の復活に向けて漁業者が種苗生産に取り組み、水揚げ量も徐々に回復してきている。湾内の環境を保全すれば、漁業再生の見込みは十分にある。

最近、気になっているのは、テレビや新聞などのメディアが環境についてグローバルなニュースばかりを取り上げていること。それでは地元の身近な運動にはつながらない。考え方はグローバルでも、行動は足元からしなければ。環境保全の運動をするなかで、水を考えれば海につながり、その先には漁業の再生がある。これからも水に関わった運動をボランティアの一員として、展開していきたい。

【畑井氏の略歴】昭和23年三重県伊勢市生まれ。早稲田大卒。三重漁連で漁業振興、環境対策などに携わり、平成16年より会社役員を経て、伊倉津産業代表取締役。山川海ネットワーク新雲出川物語推進委員会委員長はじめ、海の博物館調査員、伊勢湾再生推進検討委員会委員などを務める。(新美貴資)