里山川海を歩くライターの活動記録

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【DoChubu掲載】〈鳥羽市特集〉自然の恵みを循環のなかで活かす。新たな地域ブランドの確立を目指す「浦村アサリ研究会」

〈『DoChubu』2012年3月4日更新、2020年4月22日加筆修正〉

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浦村アサリ研究会が取り組んでいるアサリの生産。自然の恵みを活かした新たな地域ブランドの確立を目指しています

カキの産地として有名な鳥羽市の浦村町。伊勢湾口に面し、複雑に入りくんだ海岸線のなかにある漁村では、古くから漁の営みが続いています。その浦村で昔から盛んに行われているのがカキ養殖です。出荷シーズンとなる毎年10月から3月ごろまで、浜にそって養殖業者がかまえるカキ小屋では、目の前の海で育ち、収穫されたとれたてを焼きカキで味わうことができ、人気を集めています。

そんな三重のカキの主産地である浦村で、新たに海の資源を活用してブランド化を図り、地域の活性化につなげようとする取り組みが始まっています。それが、これから紹介する「浦村アサリ研究会」(以下、研究会)の活動です。

今回の取材で、海の博物館特任調査員の佐藤達也さんとともに、鳥羽を案内してくれたカキ養殖を営む浅尾大輔さんが研究会の代表を務めており、浦村の海で実際に育てたアサリを見せてもらいながら話をうかがいました。

カキ殻を再利用しアサリを育てる

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アサリの稚貝が入った袋を手にする浦村アサリ研究会代表の浅尾大輔さん。この袋を砂浜に設置してアサリの種苗を集めます

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袋のなかですくすくと育つたくさんのアサリ。1つの袋には300個以上、多いときは600個もの稚貝が入っているそうです

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浜辺にならぶアサリの採苗用の袋。コアマモが繁茂する場所を避け、一定の間隔をあけながら設置されています

浦村町の今浦地区でカキ養殖を営んでいる浅尾さん。家業でワカメ養殖や釣り船も経営し、焼きカキなど地元の海産物を味わうことができるカキ小屋も開いています。そんな浅尾さんを先頭に、地元でカキ養殖にたずさわる11名のメンバーが、2年前に研究会を立ち上げ、自然の力を利用した新たな方法によるアサリの生産に挑戦しています。

まずは育てているアサリを実際に見せてくれるというので、さっそく浦村の海へ。岸壁ぞいのイカダに渡ると、目の細かい青いネットの袋を手にした浅尾さんがやってきます。その中身を足下の容器にあけると、たくさんの砂利があふれでます。しゃがみこんで顔を近づけると、ツヤツヤと輝くさまざまな色や紋様をした貝殻がいくつも目に飛び込んできました。

砂利と一緒に入っていたのは、大小のたくさんのアサリです。このアサリたちは、みんなこの袋のなかで育ち、大きくなったものなのだとか。次々とわいてくる素朴な疑問に対して、浅尾さんは話す言葉にさらに力をこめ説明を続けます。

アサリが袋のなかですくすくと育つ答えは、この砂利のなかにありました。浅尾さんが砂利のなかから、5ミリぐらいの白っぽい丸い粒を手にとって見せてくれます。よく見ると、同じような固形物が、砂利のなかにはたくさん混じっています。これは鳥羽市内にある企業が開発したカキ殻加工固形物で、カキ殻を粉末にし、独自の技術で固めたもの。名前を「ケアシェル」と言います。この小さな一つひとつの粒が、アサリの成長に必要なミネラルを補給する天然の栄養剤になっているのではないかと浅尾さんは想像します。

このカキ殻の固形物を砂利と一緒に袋につめて、アサリの産卵期である春と秋にあわせ、潮が満ちひきする浜辺にならべておくと、卵からかえり海のなかを浮遊するアサリの赤ちゃんである幼生が、袋のなかの砂利にたくさん付着するそうです。

付着した幼生は、居心地のいい袋のなかでぐんぐん成長するのだとか。そのまま浜辺に敷いて、ある程度の大きさに育ったら、今度は底の浅い箱に移しかえ、カキ養殖と同じようにイカダからロープで吊るす、垂下式の方法でさらに大きく育てます。干満をくりかえす浜辺と違って、海中ではエサとなるプランクトンをつねに摂取できることから、成長の速度はより早くなるのです。

以前は浦村でも、掘ればたくさんとることができたというアサリ。それがいまでは海がやせて、環境が変わってしまったせいか、浜で育つアサリの数はめっきり少なくなってしまったと浅尾さんは話します。そんな海を、たくさんの生き物が暮らす豊かな環境に再びよみがえらせることができないかと、ケアシェルの開発者が行っていた現場での試験に浅尾さんも4年前から参加。研究者らのアドバイスを受けるなかで、ケアシェルを入れた袋を浜辺にしばらくおいてみたところ、なぜか袋のなかだけに育ったアサリの稚貝がたくさん入っていて、とても驚いたそうです。

こうして、収穫した後のカキ殻を再利用してアサリの幼生を大きく育て、浦村のブランドとして出荷しようという新たな試みが始まったのです。

循環で地域を元気にする

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海のなかに吊るしておいたアサリの箱を引き上げます

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吊るされていた箱のなかには大粒のアサリがたくさん入っています

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カキ殻と海の栄養分を吸収して大きく育った浦村のアサリ。なかには1年で3センチの大きさまで育つものも。

「全国的にアサリが減少傾向にあるなかで、4センチを超えるアサリを常時出荷できるようになれば」。浅尾さんは研究会のこれからの活動に強い意欲をみせます。研究会が取り組むアサリの生産は、自然のもつ力を活かした方法で、手間もかからず、カキ養殖で使っているイカダやロープをそのまま使うことができることから、コストもそれほどかかりません。

しかもアサリには年2回の産卵期があるため、この取り組みが軌道にのれば安定した量の生産を見込むことができます。研究会での活動は、環境にも十分に配慮したなかで行われています。浅場に繁茂する、全国で減少傾向にあるコアマモ場や、多様な水生生物を守るために有識者らの協力を得て、アサリの幼生を確保するため浜辺にならべるたくさんの袋や数にも気を配っています。

こうした取り組みの根っこにあるのは、「循環」という考え方。浅尾さんの家は、浦村のなかに山林や田畑も所有しており、カキ養殖の作業の合間をぬって森の手入れや農作業も行っています。間伐材や流木、古くなったイカダは、カキを焼くための燃料として使い、そこで生じた灰は田畑の肥料に。地元の公社が製造する、カキ殻の塩分をぬいて粉砕したカキ殻石灰もまいて米づくりに活用しています。

水質の浄化に効果があるといわれているカキ殻は肥料にもなり、作物に豊富なミネラルを補給するのです。そんな田畑では農作物が元気に育つことから、浅尾さんは収穫された米を「浦村米」と名づけ地元での消費につなげたいと考えています。

健康な田畑や手入れの行き届いた山林から海へとそそぐ水には、たっぷりと栄養分がふくまれ、それがまたカキの実りを大きくする。「カキ屋さんが海を回復させるため、殻の肥料を使ってよい水を海に流す。そこからまた身入りのよいカキをつくって、もう一回陸にあげる」。そんな循環のパイプを増やし、太くする努力を続けることが、浅尾さんの頭の中にはあります。研究会もこうした考えのなかから生まれた新しい芽の一つ。地域のなかにある海や山、田んぼなど、全てがつながっている関係を大切にしたいという想いがあるのです。

すべては循環し、つながっている。それは人間についてもきっといえること。「みんなでやる漁業、みんなでやる農業。そういうものが大事になってくる」と浅尾さん。自然と人の共生とともに人と人をむすぶ絆も、地域にとってはとても大切なもの。研究会では、浦村の将来を担う子どもたちと一緒にアサリを育てて収穫しようと、地元の中学校にもネットの袋を提供。活動の幅は世代を超えて広がりをみせています。

昨年(2011年)3月に東日本を襲った大きな津波は、この浦村の静かな内湾にもおよび、カキ養殖のイカダは多くが流され、育てていたアサリもほとんどが波にのまれてしまいました。それでも浅尾さんの信念がゆらぐことはなく、循環のなかで自然の恵みを活かし、付加価値をつけることができれば、「この浦村はもっと強い地域になる」と目を輝かせます。

アサリの生産と出荷をみすえた、研究会の本格的な活動はこれから。カキの産地で動き始めた新たな取り組みは、漁村を元気にする大きな可能性を秘めています。

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浦村アサリ研究会の代表・浅尾大輔さんが家族で所有するイカダ。営んでいる釣り船が係留し、カキの作業小屋がもうけられています

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作業小屋のなかはたくさんのカキでいっぱい。家族のみなさんが手を休めることなく殻のかたまりをばらし続けていました

(新美貴資)

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