〈『DoChubu』2012年3月25日更新、2020年4月22日加筆修正〉
伊勢・三河湾とその流域でとれる旬の魚介類を調理して味わう、なごや環境大学の人気の講座「味わって知る わたしたちの海」(主催:伊勢・三河湾流域ネットワーク、山崎川グリーンマップ)の今年度(2011年)第7回目が2011年12月9日(金)に開かれました。
今回は、いつもの地元で獲れた魚を調理して味わう内容とは異なるエクスカーション(体験型見学会)が企画され、愛知県美浜町の野間漁協でクロノリ(以下、ノリ)の選別作業を見学し、生産者から説明を受けました。常滑市にある醸造場の盛田「味の館」では工場のなかを見てまわり、酒や味噌、しょうゆづくりについて学習。昼食は南知多町にある宿「師崎荘」でとり、地元の漁港であがった海の幸を参加者全員で堪能しました。
100を超えるノリの等級
寒さがとても厳しいものの、この日の天気は快晴。見学会には絶好の日和となりました。参加者やスタッフら約30人を乗せたバスは、午前9時に名古屋を発ち、めざす美浜町へと向かいます。
知多半島の南部に位置する美浜町は、西を伊勢湾、東を三河湾に面した、とても温暖なところ。沿岸部は平地が広がり、中央部にはなだらかな丘陵が走っています。遠浅の浜辺では潮干狩りや海水浴を楽しむことができ、ミカンやイチゴ狩りのできるスポットもあることから、シーズン中は多くの観光客でにぎわいます。
そんな美浜町へと向かう車内は、あちこちで笑い声や会話がうまれ、とてもにぎやかな雰囲気。到着するまでの1時間はあっという間の道のりでした。
伊勢湾岸からすこし陸に入ったところにある町内の野間漁協に到着すると、参加者はさっそくノリの選別場へ。なかでどんな作業が行われているのか。外観からは想像もつかない大きな建物のなかへ入ってみると、そこには驚くような光景が広がっていました。
広大な選別場のなかには、ノリの束がきれいにつめられた木箱が列をつくり、ずっと先のほうまで整然と連なっています。異物の混入を防ぐため、天井からのれんのように垂れ下がった長いビニールのカーテンの奥では、白い帽子をかぶった大勢の人たちがなにやら忙しく作業を行っています。
参加者に説明をしてくれた野間漁協組合長の吉田和広さんによると、生産者が収穫し乾燥して仕上げたノリはこの選別場に運ばれ、ここで検査員の目による厳しいチェックを受け等級がつけられていきます。黒々としたノリはどれも同じように見えますが、色つや、やわらかさなど、さまざまな違いがあります。
ノリ養殖には、浜辺で行う「支柱」とすこし沖のほうで網を張る「浮き流し」の2つの方法があり、できあがるノリの特徴もそれぞれに異なるのだとか。いくつもの工程をへてチェックを受けたノリは、100以上の等級にも分かれるそうで、参加者のみなさんも驚きの声をあげていました。この選別場で等級をつけられたノリは、半田市にある県漁連海苔流通センターに運ばれます。そこで入札にかけられ、問屋などの業者から小売店や飲食店へと流通し、わたしたちのもとに届くのです。
野間漁協によると、今期は海水温が高かったことから当初のノリの生育状況はあまりよくなかったそうですが、その後は持ち直し生産がいまも続いているそうです。それでも例年11月から4月まで行うことができた収穫は、上昇傾向にある海水温の影響を受けて12月から3月ごろまでに短縮。ボラやタイなどの魚、カモによって受ける食害の被害も深刻で、頭を悩ませる課題が多くあります。
いろんな問題に直面するなかで吉田さんは「おいしいと自負している。いろんな栄養もありぜひ食べてください」と消費拡大に向けて野間のノリをアピールしていました。現在、野間では73軒の漁家がノリ養殖を行っています。寒風がふきつける冷たい海のなかへ早朝から漕ぎ出して育てたノリを収穫。摘み取ったノリはすぐに加工場へと運びこまれ、水洗いや乾燥といった作業が夜遅くまで休む間もなく続きます。
340年の歴史をもつ醸造蔵を見学
続いては美浜町からところを移し、常滑市の小鈴谷地区にある盛田「味の館」へ。創業が江戸時代の寛文5年(1665年)という盛田株式会社。江戸時代から340年を超える歴史をへて、いまもこの地でたまりや豆みそ・赤だし、酒づくりを行っています。
日本で赤だし味噌を初めて商品化したのが同社であり、15代当主の盛田昭夫がソニーの創業者として国際的に活躍したことでも知られています。その盛田の小鈴谷工場に併設してあるのが、170年前の醸造蔵を改装した味の館で、工場を見学したり、製造されたばかりの商品を味わうことができます。
参加者一行は係員の案内を受けて工場のなかへ。巨大な樽がならび、静まりかえる空間は時が止まったかのよう。このなかで、長い時をかけてじっくりと熟成をかさねていく伝統の味わい。味噌づくりについて説明する係員の言葉を聞きながら、蔵のなかをゆっくりと踏みしめて歩きました。
広い館内には、酒や味噌、たまり、しょうゆの製造工程を紹介する映像が流れ、商品を販売するコーナーも。田楽や五平餅などの味噌料理を味わうことができる飲食スペースも用意されています。杉樽がいくつもならぶ香りゆたかな館内で、参加者のみなさんは提供された利き酒を楽しみながら、さまざまな商品を購入していました。
赤だしが大好きな記者も「愛知八丁味噌」を購入。独特の深い香りとコクのある味噌汁を後日おいしくいただきました。このほかにも館内では、常設展「15代当主盛田昭夫」が開かれており、秘蔵の写真や映像、愛用品など、興味をひくたくさんの展示品が紹介されていました。
師崎で海の幸を味わう
盛田「味の館」の見学を終えると、時間はちょうどお昼どき。参加者を乗せたバスは、常滑市から知多半島の先端にある南知多町の師崎へと移動。伊勢・三河湾に面し三方を海に囲まれた、港町を見下ろす丘のうえにある「師崎荘」で豪華な昼食をいただきました。
この日のメニューは、タイやサザエの刺身、イカの煮付けなどをはじめ、生ノリも。ノリは味噌汁のなかにもたっぷりと入っていました。大きなスズキのホイル焼きが運ばれてくると、参加者からは大きな歓声が。手のこんだ一つひとつの料理を味わっていると、会話もどんどんはずみます。窓から広がる絶景を楽しみながら、地元で獲れた海の幸をゆっくりと堪能しました。
今回の講座では、移動するバスの車内で、漁業や漁村に詳しく、師崎の街づくりなどにも参画している日本福祉大学子ども発達学部(美浜町)の磯部作教授が、ノリの養殖をはじめ、漁業や醸造など知多半島で行われている伝統的な産業や地域の歴史、文化などをわかりやすく解説。貴重なお話をうかがうことができました。
また、山崎川グリーンマップ代表の大矢美紀さん、伊勢・三河湾流域ネットワーク世話人の寺井久慈さんも、それぞれ愛知の特産であるノリ養殖について報告。伊勢湾のノリづくりにおいては、木曽三川から運ばれる栄養分がとても重要であることなどが話題として提供されました。
知多半島をめぐった今回の講座。あらためて振り返って思うのは、現場へ足をはこび、
自身の五感を最大に使って感じ取ることの大切さです。この日目にした光景や聞いた言葉、口にした味覚などは、参加したみなさんの記憶の引き出しの中にきっと納められたはず。ノリや味噌づくりの現場の一端に触れることで、現代では見えづらくなってしまっている生産と消費の距離もぐんと縮まったのではないでしょうか。
知多半島の風土のなかで育まれた伝統の食文化に触れ、味わって知ることから、伊勢・三河湾への興味がさらに深く広がった一日でした。(新美貴資)