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【DoChubu掲載】〈蒲郡市特集〉技術開発で高品質な「蒲郡みかん」を栽培。農商工連携でブランド力を高めるJA蒲郡市

〈『DoChubu』2012年3月28日更新、2020年4月22日加筆修正〉

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抜群の知名度をほこる「蒲郡みかん」。甘さと酸味のバランスがよく口あたりのやわらかな内袋が特徴です

春の訪れを実感する3月。寒さは徐々にゆるみ、やわらかさの増していく日差しに心地のよさを覚えます。今月の特集は愛知県の蒲郡市です。

大きく伸びた知多と渥美の2つの半島にはさまれた三河湾。その三河湾に面した蒲郡は、東三河地域にある海辺の町です。一年をとおして温暖な気候から多くの農産物が実り、漁港では三河湾の多種な魚貝が水揚げされています。緑の山と青い海が対照をなす眺めは風光明媚で、4つの温泉地もあることから、観光地としての歴史が古くからあります。そんな蒲郡で見つけた“地産地消”を活かした取り組みを紹介したいと思います。

全国でも有名な「蒲郡みかん」。この地で栽培が始まってから長い歴史をもつ、地域ブランドを象徴する存在です。まずはミカンについて話をうかがおうと、青空の広がる2月半ばのとある日にJA蒲郡市をたずねました。

ミカンの栽培に適した風土

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市街地をぬけた丘陵地にミカン畑や温室が広がっています

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JA蒲郡市の巨大な総合集出荷場。出荷を待つミカンの箱がつまれ、選果場では作業が続いていました

向かったのは市内の神ノ郷町にある、JA蒲郡市の総合集出荷場です。沿岸部の市街地をぬけて車の進路を山々が連なる北のほうへ。ゆるやかな傾斜をのぼり続けると、濃緑の葉が生い茂るミカン畑とビニールで覆われた温室が一面に広がる光景に出くわします。この日も寒さは厳しいはずなのですが、雲ひとつない青空からは燦々とまぶしいぐらいに太陽の光が降り注ぎ、眠気をさそうような陽気さえ感じられました。

ミカン畑をながめながら丘陵をさらに進んでいくと、巨大な総合集出荷場があらわれます。広大な建物のなかには、出荷を待つミカンの箱がたくさん積み上げられ、消費地へ運ぶための大型トラックが数台、外で待機していました。あまりの広さに驚くなか、蒲郡みかんの特徴や農商工連携の取り組みなどについて、JA蒲郡市販売企画課長の金澤利保さんに、集出荷場のなかを案内してもらいながら話をうかがいました。

江戸時代の天保年間(1830~44年)より始まり、いまに続くという蒲郡のミカンの歴史。現在は約600名の生産者が温室や露地栽培でミカンづくりに汗をながし、年間1万トンを出荷しています。「温室みかん」は、糖度の高い「宮川早生(みやがわわせ)」という品種が主力。この品種に徹底してこだわり、栽培技術を改良することによって、5月上旬からの早期出荷を実現しています。ここで生産された「蒲郡温室みかん」は、夏場の高級果実として全国に広く知られ、農家の経営安定にも大きく貢献しているそうです。

露地栽培のほうは、「宮川早生」と「青島温州(あおしまうんしゅう)」が中心で、出荷の時期は11月から2月末まで。とくに甘みのある完熟したものは「箱入娘」と名づけてブランド化され、年末の贈答用として人気を集めているそうです。これらの一般にミカンとして売られているものは「温州みかん」と呼ばれるもの。それ以外の柑橘(かんきつ)である中晩柑(ちゅうばんかん)では、「不知火(デコポン)」の姉妹品種「はるみ」などの生産にも力をそそいでおり、消費者の幅広いニーズに応えた生産にも積極的です。

ミカンの生産者からなる蒲郡柑橘農業協同組合が設立されたのは1948年(昭和23年)のこと。(1994年<平成6年>に蒲郡市農業協同組合と合併し、作物別部会「蒲郡柑橘組合」に)。温室栽培で使う重油の高騰や全国的な大豊作による価格の暴落など、設立からは幾多の困難に直面したそうですが、そのつど団結して乗り越え、共同販売で高い品質を守り、周年の出荷体制を確立。技術の研賛をかさねてきた「蒲郡みかん」のブランドは、多くの先人たちの長年にわたる努力の結晶といえます。

これほどまでに盛んな蒲郡でのミカンづくり。金澤さんは温暖な気候にくわえ、「日照量にめぐまれ、土も水はけがよい」ことをあげ、蒲郡の風土が栽培に適していることを強調します。丘陵に降りそそいだ雨水をためずに下方へと流す、傾斜数度のなだらかな勾配も、おいしいミカンをうむ大きな要素の一つ。そこで育ち実ったミカンは、「糖度と酸味のバランスがよく、内袋がうすくて舌のうえでとける」。金澤さんは胸を張り、自信をこめて話します。

糖度や酸度を瞬時に測定

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選果場に運ばれたミカンは表面にキズなどがないか目で見てチェックします

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ベルトで次々と運ばれていくミカン。光センサーで瞬時に糖度や酸度などを測ります

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蒲郡みかんをアピールする金澤利保さん

総合集出荷場内の一角にある選果場。生産者が育てて収穫したミカンは、ここで品種ごとにサイズ、品質のチェックを受けて選別。箱詰めされたものが、名古屋をはじめとする消費地に向けて出荷されます。

さっそく金澤さんの案内で選果場を見学。ゆっくりとした速度でまわるローラーのうえを、ごろごろと流れていくたくさんのミカン。大勢の女性職員のみなさんが一つひとつ手にとり、キズなどがないかを調べ、仕分けていきます。その後も色や形、糖度と酸度を測る光センサーなどの機械をつかって自動で選別をすすめ、ばらつきのない安定した品質のミカンが箱につめられていきます。一口にミカンといっても、品種はもちろん、サイズや品質にもさまざまな等級があり、驚きの連続でした。

1日で最大200トンを扱うというこの選果場。JA蒲郡市では、高度成長期よりもずっと早い1957年(昭和32年)に共同の選果場を新たに設け、共同販売体制を整備。機械化の導入にも早くから取り組み、高品質なミカンの計画的な出荷に力を入れてきました。こうした取り組みが評価され、2008年(平成20年)には「蒲郡みかん」が地域団体商標に。2010年(平成22年)には、蒲郡柑橘組合が第39回日本農業賞(JA全中、JA都道府県中央会、NHK主催)の集団組織の部で大賞に輝きます。

そんな高いブランド力をもつ蒲郡みかんがいま、農商工連携でも注目を集めています。JA蒲郡市は市や商工会、観光協会と2007年(平成19年)に「蒲郡みかんワイン推進協議会」を立ち上げ、ミカンを使った果実酒を開発して商品化。市内で販売したところ、土産ものとして好まれ高い人気を得たそうです。このほかにも、コンビニエンスストアサークルKサンクスと共同して、ミカンを使ったパンやケーキなどを開発。商品は県内で販売され、蒲郡知名度アップにもつなげています。

農商工の連携によってうまれた商品は、ジュースやゼリーなど現在10アイテム。金澤さんもそれぞれの商品について企画の段階から参画。開発にあたっては、細部にまでとことんこだわったそうです。

こうした商品に使われるミカンは、品質にはまったく問題がないのですが、サイズが大きかったり小さかったりという理由で、いまの流通の規格からはずされてしまうものを採用。生産者が思いをこめて育てたミカンを無駄にすることなく大切に扱おうと、異業種との連携による有効活用を進めています。

農商工連携による商品について、「もっとつくったらどうかとも言われますが、無理して増やそうとは思っていません」。あくまでも主役は果実のミカン。これまでになかった商品を手にとって食べてもらうことで、ミカンそのもののおいしさを知ってもらい、蒲郡みかんのブランド力をさらに高めていく。そのことによって、生産者の経営はより安定したものになる。金澤さんの考えはつねに一貫していて迷いがありません。

長い年月をかけて組織力と技術力でみがきあげられてきた蒲郡みかん。そんなミカンをこれからもつくり続けるためには、これまでに得た評価を守り、より高めていく努力が欠かせません。「おいしさをもっと訴えていきたい」。当たり前のように聞こえた金澤さんのこの言葉が、話をうかがうなかでどんどん重みをまして、まっすぐにうちへと伝わってきました。

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食前酒にぴったりな「蒲郡みかんわいん」は地元のお土産として人気。蒲郡柑橘組合は第39回日本農業大賞を受賞しました

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丘陵にある総合集出荷場の近くからの眺め。ミカン畑や温室のずっと先にはおだやかな三河湾が見えました

(新美貴資)

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