〈『DoChubu』2014年1月4日更新、2020年5月15日加筆修正〉
三重県松阪市新松ヶ島町の猟師漁港で2013年10月17日、地元の小学生による競りの見学が行われました。漁港を訪れた子どもたちは、漁業者によって漁獲され、荷さばき場にならべられたアサリやハマグリが競りにかけられ、仲買人によって競り落とされていく様子を見て学びました。
実際の取引をまねた模擬の競りも体験した子どもたち。若手の漁業者らにいろんな質問を寄せたり、アサリをどんな風に獲っているのか、使っている漁具を見せてもらいながら説明を受けたり、関係者と交流を図りながら、地域で営まれている漁業について理解を深めました。
目を見張る子どもたち
ひんやりとした風が吹きぬけ、秋の訪れを感じる昼下がりに猟師漁港を訪れたのは、新松ヶ島町から近い荒木町にある市立港小学校の3年生と5年生です。受け入れたのは、松阪漁協に所属する若手の漁業者らで構成する青壮年部のメンバー。競りの見学は、毎年行われている学校の授業の一環で、大勢の子どもたちを迎え入れた漁港内には、いつもとは違った黄色い声がこだまし、明るくにぎやかな雰囲気があたりを包みます。
漁港の荷さばき場には、獲れたばかりのアサリやハマグリが網の袋に入れられて積まれ、多くの仲買人が囲んで品定めをしています。取引開始の時刻になると、仲買人らは真剣な表情で手元の札に値段を書き込んで、次々と競り人に渡していきます。全ての札を受け取った競り人が、もっとも高くつけられた値段とその業者の名前を読み上げると、競り落とされた貝がその場から運びだされていきます。
この日はアサリもハマグリも水揚げは少量でしたが、産地でもっとも活気づく光景の一つが、競りによる取引なのです。近くで行われている大人たちの真剣なやりとりに、じっと耳目を傾ける小学生たち。漁港でのあわただしい展開に、どの子どもも目を見張り、一生懸命にメモをとります。
競りの体験に歓声
実際の競りの見学が終わると、今度は子どもたちが水産物の取引を体験する、模擬の競りが行われました。帽子を貝の代わりに見立て、参加した子どもたちは悩みながらそれぞれが思う金額の数字を札に記入し、競り人の役を務める青壮年部のメンバーに渡していきます。
もっとも高くついた値段が読み上げられ、書き込んだ生徒の名前が呼ばれると、荷さばき場は大きな歓声に包まれました。名前を読み上げられた男の子は、うれしそうに笑顔を浮かべます。この体験は大人気で、多くの小学生が参加。見守る子どもたちも興味津々の様子でした。
ふくらむ好奇心
この後、青壮年部メンバーへ質問を寄せる場面へと移り、生徒たちからは「貝は一日に何個獲れるの」「港に船は何艘ありますか」「一番うれしかったことは」といった、漁や海のこと、漁師という仕事について、さまざまな問いかけがありました。
なかでも印象的だったのは、「一番大切にしているものは」との質問です。漁師さんたちはちょっと照れた表情を浮かべながらも、笑顔で「奥さん」「船と家族」「漁場」などと答えていき、「家族が一番大切」という言葉で一致しました。海で業を営むたくましい大人たちを前に、子どもたちの好奇心はふくらむ一方で、質問の手は次々と上がって止みませんでした。
続いては、漁港の岸壁へと移り、鋭い刃のついたかごに約7メートルもの長い柄がついた、アサリを獲る手掘り漁法(長柄)の漁具として使われている「じょれん」の見学です。青壮年部のメンバーが岸から海へ「じょれん」を投げ入れ、どのようにしてアサリを獲っているのか、使い方を実演してくれました。
慣れた動作で柄を片方の肩に乗せ、両手でしっかりと握りながら重心を後方にかけ、全身を使ってゆする漁師さん。無駄のない動きで海底にある「じょれん」をゆっくりと引いていき、手元へ寄せて海面から引っ張り揚げます。学校の先生もサポートを受けながら漁具を操る体験に参加し、生徒たちの大きな声援を浴びました。
こうして約1時間半にわたった猟師漁港での学びと交流は終わりました。「ありがとうございました」と頭を下げる、子どもたちの清々しい声がこだまし、それに応えて笑みを浮かべ、手を振って見送る漁師さんたち。漁港の空気が、いつもとは違った充足感で満たされた一日でした。(新美貴資)