里山川海を歩くライターの活動記録

水産のいろんな世界を歩き見て、ひとの営みや暮らしを伝えています

5月の水揚げが過去最高を記録 好漁で活気にわく篠島のシラス漁

〈『水産週報』2008年7月1日号寄稿、2020年5月25日加筆修正〉

f:id:takashi213:20200525081520j:plain

多くのシラスが水揚げされ活気にわく荷捌き場

4月から始まった愛知県篠島のシラス漁が好調だ。漁が本格化する5月は、月別で過去最高の漁獲量を記録。産地市場には連日多くのシラスが水揚げされ、塩茹でに天日干しと加工場はフル稼働だ。もっとも多忙なシーズンを迎え、島全体が活気にわいている。

知多半島の先に浮かぶ篠島は、周囲6キロに約2000人が暮らす漁業の島だ。昨年のシラスの漁獲量は2909トンで県全体の約4割を占める。水揚げの多くを占めるシラスは漁から加工まで、島にとって欠くことができない重要な水産資源となっている。

篠島で「シロメ」と呼ばれるシラスは、カタクチイワシやマイワシなどの稚仔魚で体長は4センチ未満。体色が白くてウロコがつく前のものを指す。春から秋にかけて伊勢湾内や渥美半島の外海で獲れる。水揚げ後は「釜揚げしらす」や「しらす干し」「ちりめん」などに加工され、名古屋をはじめ首都圏や関西方面に出荷される。島の旅館や食堂では、生のシラス料理が堪能でき観光客に人気だ。

 ▼水揚げからは時間との勝負

 篠島を訪れたのは5月下旬のある日。照りつける強い日差しのなか昼前に市場へ到着すると、ちょうどシラスの入札が行われている最中。荷捌き場横の岸壁に接岸する運搬船からは、獲れたてのシラスがベルトコンベアで勢いよく運ばれてくる。荷捌き場では漁業者の家族らが待ち受け、シラスの入った桶を素早くパレットに積み上げていく。

荷捌き場の中央では、入札に参加する加工業者が透き通ったシラスを手のひらに乗せ、真剣な表情で品を定める。入札は一桶(約25キロ)単位で、落札した業者の札が桶に差し込まれるや、すぐに隣のシラスへと移り続く。落札されたシラスはすぐに市場横に並ぶ加工場へと運ばれていく。この間にも水揚げを控えた運搬船が続々と入港。シラスは鮮度落ちの早い魚で水揚げからは時間との勝負。全ての作業はスピーディで目が回るほどのあわただしさだ。

「シラスは鮮度が第一。さらに色とサイズで見極めるのが基本」。入札に参加していたベテランの加工業者が教えてくれる。

シラスの色は白、青、黒、赤、黄系の5色、サイズはLLからSSまでの5段階にも分かれるという。桶をのぞいてみる。腹に赤身のあるものを確認することはできるが、サイズやその他の色などはまったく見分けがつかない。

何人かの加工業者に聞いた話によれば、白系でサイズが統一されたものに高値がつくという。関東では白系、関西では青系の色が好まれるというが、「関東は白くて細かいもの、関西は白くて大きいもの」が良いとの声も。敬遠されがちな赤系も、京都など関西の一部では色合いが良いとされ引き合いもあるという。さらに複雑なのは「一概にこのサイズが高値だとはいえない」とうこと。地域によって好むシラスは大きく異なる。あまりの奥の深さに驚きの連続だ。

水揚げされたシラスには、様々な割合で色、サイズが混じりあう。色ひとつとっても、統一されていたり、ミックスや三色であったりと一様ではない。サイズにばらつきが多いと見栄えも悪く、乾燥具合にも差が生じて品質にむらができてしまう。エビやイカなどの混ざり物が多いと商品価値が下がるため、浜値もぐんと安くなる。

「自分の型をもっている」。先ほどのベテラン加工業者が発した一言。「シラスはコミュニケーションが必要な魚。客の好みが違ううえにバイヤーの好みなど何人もの主観が入るから難しい」。短時間の入札で求めるシラスを見極めるのは至難の技だ。

伊勢湾の外で操業する漁船がほとんどであったこの日の入札は、少し遅い午前9時から始まり午後1時すぎに終了した。水揚げは計3946桶。一桶の平均単価は7321円で、最高で9760円の値がついた。「単価は昨年より少し安いが、今がもっとも獲れるピーク」(漁業関係者)。多いときは一日で6000から7000桶の水揚げがあるという。

f:id:takashi213:20200525082013j:plain

島内にある加工場で良質なちりめんが生産されている

 ▼豊かな漁場に恵まれ若い世代が活躍

 篠島でシラスを獲る漁法は機船船びき網で、現在は37カ統が操業する。1カ統は網船2隻と運搬船の計3隻で、平均で約6人が乗り込む。午前2時頃に出港し、帰港するのは午後1時過ぎ。漁場までの距離にもよるが、操業時間は6時間ほどになる。漁期は4月から12月まで続く。「例年、春のシラスはカタクチが中心。獲れているサイズの中心は2センチ台前半」(県水産試験場)。

漁期中は海況の動きによって水揚げ量が大きく変わる。この日の水揚げ額トップの船は136万円で平均は78万円。漁場の選択や網を入れる深さなど、漁の良し悪しは船頭の腕に大きくかかっている。

5月の漁獲量は1911トンで前年同月の1181トンを大きく上回り、1ヶ月の量としては過去最高。県全体でも3897トンと記録を更新した。泳ぐ力の弱いシラスは、黒潮の流れの影響を大きく受ける。「外海の海況によって集まりやすくなった。四月頃から暖かい海水の差し込みがあり、水温が上がったことも大きな要因」(同)。

連日の大漁で活気づくシラス漁だが、一方では燃油の高騰が経営の大きな負担となっている。あるベテランの船頭によると、一日の操業にかかる燃油代は約15万円。高騰前の7、8万円から2倍に跳ね上がった。「年間では1000万円を超えてしまう」と苦しい現状を打ち明ける。現在は好調な水揚げが続いているが、この状況が長引けば死活問題だ。

篠島漁協の福林徹参事は「漁業経営は決して良くはない。経費が増えても魚価が変わらず水揚げが同じでは収入が減るだけ」と厳しい表情で語る。

決して楽観できる状況にはないものの、この島を訪れて驚かされたのは若い漁業者の多さだ。各地で高齢化が深刻化するなかにあって、漁業者の平均年齢は50代半ばぐらい。島内を歩いても若い世代の姿が多く見られ、活力のある元気な島という印象を受ける。今も約450人が漁業で生計を立て、500隻の漁船が稼動する県内有数の漁業地域。豊かな漁場に恵まれ、漁業を中心に就労の場がしっかりと確保されていることは大きな魅力だ。

島内に12あるシラス加工場の存在も大きい。大量に獲れたシラスも鮮度を落とすことなく加工でき、良質な「ちりめん」などを生産することによって篠島産のブランドを確固たるものにしている。

昭和の初期に島の漁業者が静岡を視察して導入し、多くの改良を重ねて現在にいたる篠島のシラス漁。多くの先人によって培われた独自の技術や伝統は、若い世代へしっかりと受け継がれている。(新美貴資)