里山川海を歩くライターの活動記録

水産のいろんな世界を歩き見て、ひとの営みや暮らしを伝えています

〈新美貴資の「めぐる。(34)」〉本物の旨さを追求する 「うなぎ大嶋」二代目店主 大嶋茂樹さん

〈『日本養殖新聞』2015年3月15日号掲載、2020年4月16日加筆修正〉

残寒から早春へ。肌をさす寒気の痛みが少しずつやわらいで、陽光が明るさを取り戻す頃、三寒四温によって深い眠りから息を吹き返した生き物たちの脈動が、そこかしこで刻みをうち始める。恵みの雨が降るたびに、大地は潤いと温もりを回復し、春を迎える喜びの声が自然界からうまれる。こうしてまた季節はめぐり、新たな四季が始まりを告げる。

向かったのは、養鰻発祥の地で、独自のウナギ食文化が発達する静岡県浜松市。人口80万人の、繊維や楽器、輸送用機器産業が盛んな東西をむすぶ要衝には、140軒を超えるウナギ屋がひしめき、腕を競いあう。多くの買い物客でにぎわう浜松駅から南西へ、バスに乗ること約10分。南区の「八丁畷(はっちょうなわて)」で下車し、車両の往来が盛んな国道から脇道へと入り、閑静な新興住宅地のなかをしばらく進むと、目指す「うなぎ大嶋」の看板があらわれる。

この日は冷たい雨がざあざあと降り、強い風がびゅうびゅうと吹きつける。そんな外界から暖簾をくぐって一歩なかに足を踏みいれると、和を基調にした、暖かみのある家庭的な空間が迎えてくれた。ウナギの絵や置物などがたくさん飾られた店内の心地よい雰囲気にひたり、ゆっくり心身を解きほぐしながら注文したウナギを待つと、同店二代目の大嶋茂樹さん(53)によって仕上げられた熱々のうな重が運ばれてくる。

「脂が上質で、自然に近いウナギの風味が味わえる」と、大嶋さんが絶対の信頼を寄せる、同県焼津市で養殖された幻のブランドと呼ばれる「共水うなぎ」。このウナギを使った同店の蒲焼きは、江戸前流の蒸しと炭焼きによって、艶やかな輝きと豊潤な香りを放つ。箸をいれるとすぐにほぐれる、ふんわりとしたその身は、口のなかに運ぶとほろほろと崩れ、あっという間にとろけて消える。ウナギの旨みと甘みが一体となって体中を満たし、熟成をかさねた秘伝のたれが、豊かな余韻をさらにふくらませる。無心で味わう喜びに感謝し、重箱が空になるまで夢中になって頬張り続けた。

ウナギを扱って30余年を数える大嶋さん。早くから家業を継ぐことを心に決め、地元の高校を卒業すると、大阪の調理師専門学校へ進学。その後は「大阪竹葉亭」で3年間修業を積んで郷里にもどり、父親が創業した「うなぎ大嶋」で働く。

最上のウナギを求め続けていた大嶋さんが、共水うなぎと出会い、大きな衝撃を受けたのは13年前のこと。大井川の伏流水をもちい、徹底した水質管理と選びぬかれた餌で育てられたウナギは、小骨が当たらず、良質な脂がたっぷりと含まれ、身質のきめが細かいという。「このウナギしかない」と即断した大嶋さんは、以来、この希少な共水うなぎのみを仕入れ、客に最高の味わいを提供する。

「素材は共水うなぎがつくってくれる。描くイメージにあわせて食感をうみだすのが私の仕事」。割きから最後の盛り付けまで、どの工程も決して手を抜かない大嶋さんにとっては「炭火も一つの調味料」。もっとも神経を使うという蒸しの作業では、個体差があるウナギの身質を見極め、できあがりが均一になるよう時間を調整して丁寧につくりあげる。「お客さんにおいしかったと言ってもらえるのが一番うれしい」。職人としての誇りを胸にひめ、自らのなかで完成している理想のウナギを思い描き、常に100パーセントの発揮を心がける。

「ウナギは職人がつくる特別な料理。ごちそうであってほしい」との願いをこめて、昼も夜も仕事に打ち込む。夫婦で仲よく営む店は、来年で創業50年を迎える。至極の素材を使い、円熟する大嶋さんが腕によりをかけてつくるウナギは、これからも多くの人びとを魅了し、ますます光り輝く。

f:id:takashi213:20200226140645j:plain

 

f:id:takashi213:20200228144232j:plain