里山川海を歩くライターの活動記録

水産のいろんな世界を歩き見て、ひとの営みや暮らしを伝えています

〈新美貴資の「めぐる。(52)」〉10年、20年先を目指す 「炭焼鰻はじめ」店主 加茂裕章さん

〈『日本養殖新聞』2016年10月15日号掲載、2020年4月17日加筆修正〉

今年5月、浜松市西区の雄踏町に新たなウナギ店がオープンした。JR舞阪駅から歩いて20分くらいのところにある「炭焼鰻はじめ」。浜名湖から近い幹道に面した店舗は、洗練されたシンプルな外観で、和を基調とした明るい店内が、訪れた客を特別な空間へといざなう。

店のなかでもひときわ目立つのが、大きく開放されたガラス張りの調理場だ。カウンター席にすわった客は、職人の一挙手一投足を目の前にし、調理されていくウナギを眺めることができる。「ウナギを待つ時間は長いですから、店内をオープンキッチンにしたいと考えていたんです。カウンターから出来上がる様子を見れば、おいしさもふくらむかと思いまして」。店主の加茂裕章さん(35)ははつらつとした表情で話す。

加茂さんはオープンしてからの約5ヶ月を振り返り「とにかくがむしゃらでやってきました。6月から8月はウナギ屋にとっていい時期。リピーターのお客さんも少しずつ増えて、ここまでいい流れできています」と笑顔をみせる。

落ち着いたなかにもモダンな雰囲気がただよう店内には、カウンタ15席、テーブル8席、座敷10席があり、広い調理場では注文を受けてから活きたウナギをさばき、串を打って炭火で焼き上げる。メニューは「鰻重(ウナギ一匹)」(2980円〈以下、税込み〉)、「鰻丼(ウナギ半匹)」(1850円)、「ひつまぶし」(3400円)など8種があり、蒲焼きや白焼き、肝焼きなどの一品料理も用意している。

加茂さんの手によって背開きにされたウナギは、蒸さない地焼きによって仕上げられていく。関東風と関西風が混在する浜松で見られる、独特の調理法だ。使うウナギは国産の養殖もので、浜松のウナギ店で一般的に使われる200グラムよりやや大きめの230から240グラムのものを選ぶ。その蒲焼きは肉厚で、表面は香ばしくなかはふっくら。甘辛いたれがしっかりとのって、食べ始めたら最後まではしが止まらない。

加茂さんは、浜松でも養鰻が盛んな雄踏町で生まれ育った。高校時代には、地元のウナギ問屋でアルバイトをする。卒業後は都会にあこがれ東京で就職したものの、24歳のときに故郷にもどり、縁の続いていた問屋で職を得る。配達先のウナギ店で職人と話す機会が多く、料理も好きだったことから「自分も店をやってみたい」という気持ちが芽生え、数年後には独立を考えるようになる。

自身の店のオープンに向け、お世話になった職場を退き、数多く食べ歩いたなかから味にほれ込んだ市内のウナギ店で、約1年半修業にはげんだ。ウナギの割きと串打ちは、問屋で働いていた頃から経験をつんでいたが「焼きは難しいですね。経験して覚えるしかなく、そこがウナギの魅力なんだと思います」。

ウナギの消費量が全国でも有数の、競合店がひしめく地域における若き職人の挑戦を、他の店の職人たちは快く受け入れ歓迎してくれたという。「浜松うなぎ料理専門店振興会」にも入会し、他店との交流も図る。「ウナギは浜松の特産で大切な食文化。10年、20年先を目指し、地元に愛される店にしたいです」。加茂さんは感謝の気持ちを胸に、一匹一匹ていねいに心をこめてウナギを焼く。

※記事中に記載されている価格は、取材当時のものです。

f:id:takashi213:20200226132234j:plain

 

f:id:takashi213:20200228140843j:plain