〈『日本養殖新聞』2016年5月15日号掲載、2020年4月17日加筆修正〉
桜の名所として知られる山崎川が近くを流れ、緑が多く閑静な宅地が広がる名古屋市瑞穂区の豊岡通地区。地下鉄「瑞穂運動場西駅」から歩いてすぐのところに、ウナギ専門店「うな豊」がある。同店のウナギは、蒸さない地焼きでありながらふっくらとしていてやわらかい。注文を受けてから活きたウナギをさばき、炭火でていねいに仕上げた蒲焼きは豊かな薫香をはなち、さっぱりとした上品な味わいが多くの客を魅了する。
同店でウナギ職人の道を歩む若人がいる。三代目として修業を続ける服部奨平さん(26 )。店主である父・公司さんと厨房に入り、ウナギと向き合い汗を流す。奨平さんは、割きから串うち、焼きまで公司さんと交代で行い、ときには接客も手伝う。焼き場に立つその背中は凛々しげで、職人として生きる覚悟が伝わってくる。
「跡を継げと言われたことはありませんが、物心ついたころから店に入ろうと思っていました」。本人の記憶には残っていないが、小学生の時にはすでに店で働きたいとまわりに話していたという。そのころ創業者である祖父はすでに店を退いており、ウナギ職人を目指す少年は父親の働く姿を見て育った。
中学を終えたらすぐにでも修業に入りたかったが、両親から高校までは通うよう説得され、卒業資格と調理師免許がとれる地元の専門学校に入学する。そこでフランスやイタリア、中華などのさまざまな料理を学び、ウナギ以外の世界を知る。当時は学校が終わると店に入り、毎日接客の仕事についた。卒業してからは、料理人として公司さんのもとで鍛錬をつみ、今年で9年目を迎える。
ウナギの調理について「まだまだ難しいです」と話す奨平さん。「生のウナギをどんどん触り、焼いて食べてみる。自分で経験して覚えていくしかないです」。
調理のなかでももっとも気を抜くことができないのが「料理の顔になる」焼きの工程だ。そしてこの作業を行う前にも、例えば一セットの串には通常3匹のウナギをうつが、焼き上がりにむらができないよう活きている段階で一匹ずつの状態を把握し、同じ性質のものに揃えたうえで調理を始めなければならない。同じ産地のものであっても個体差は必ずある。その違いを見極めるのが難しいという。
蒸しを入れる関東風のような、きめの細かいととのった表情をもつ同店のウナギ。「あれだけの色味とクオリティを出す」までにいたる、師である公司さんの長い試行の年月を思い、苦悩を推し量る。「父の焼きを目指し、しっかり技術を覚えていきたい」。職人の先達が培った技をすべて吸収しようと、奨平さんは調理場で挌闘する。
専門学校の同級生の多くが卒業してから飲食の世界に飛び込んだものの、日本料理を選んだのはほんのわずか。長年の下積みが当たり前の過酷な世界で、仕事の厳しさから離職してしまった仲間もいる。そんななか、奨平さんはウナギ職人の道を邁進する。「店が出すウナギに自信を持っています」。揺らぐことのない信念とつねに持ち続ける向上心が、職人としての経験を年輪のように厚くしていく。
真摯にウナギと相対し、客に満足を届ける。「行ったことはないけど、店の名前は知っている。聞いたことがある。そんな存在になれたらと思います」。最後に抱負をたずねると、さわやかな笑顔で語ってくれた。