里山川海を歩くライターの活動記録

水産のいろんな世界を歩き見て、ひとの営みや暮らしを伝えています

〈新美貴資の「めぐる。(59)」〉漁師は川の守り人 解禁迎えた長良川のアユ漁

〈『日本養殖新聞』2017年5月25日号掲載、2020年4月17日加筆修正〉

アユの季節がやってきた。海でたくさんの栄養をとり、生きる力をたくわえた稚魚は、春になると一斉に遡上して上流を目指す。このときの移動はまだ群れで、岐阜市を流れる長良川では、真っ黒になって川岸近くを上る稚アユの大群が一日に何度も見られたという。

4月下旬に長良川下流であった、アユの遡上調査に同行した。いくつもある長良川の漁法のなかでも、もっとも難しいとされる「ぼうちょう網漁」で稚アユを捕る。数人が一組となって行うこの漁は、一人ひとりが長い竹竿を持ち、息を合わせて器用に操る。竿の先端につけた黒い布切れを天敵の鳥に似せ、川面を走らせたりたたいたりし、魚を驚かせて四つ手網のなかに追い込んでいく。この日1回目の1時間ほどの調査では、350匹ほどの稚アユが捕れた。

桶に入った稚アユを見せてもらう。元気よく動きまわる銀色に光る魚体は、小さいながらもしっかりとした体躯で「今年は大きい」と漁師は語った。

 本来は冬の時期にイカダバエを捕るこの漁法。長良川で行うことができるのは、いまは一組だけとなった。最年少の漁師は60代である。長年にわたる魚との知恵比べによって、勘をみがき経験をつんできた者だけが、この漁を駆使するのに必要な技を身につけることができる。

 毎年行われているこの調査が、いつまで続くのかはわからない。この漁法が絶えたとき、長良川の漁撈文化はまた一つ遺産を失うことになる。

 5月11日午前0時、長良川下流でアユ漁は解禁を迎えた。前日に雨が降ったが、水量はほとんど変わらず、夜川網漁への影響はほとんどなかったようだ。早朝の岐阜市中央卸売市場を訪れた。公設の市場で、天然アユの競りが行われているのは、全国でもここだけだと聞く。取引が始まる6時近くなると、初競りに参加する仲卸業者や買参者たちは一斉に台にあがる。

大きなサイレンが定刻を告げた。男たちが密集する競り場の雰囲気は一気に引き締まる。台のうえを、ぴかぴかと輝くアユの詰まったせいろが次々と滑る。指値を符丁であらわす競り人のよく通る声が響き、一瞬で決着する駆け引きが何度も繰り返される。みな真剣な眼差しで一点の魚を追う。この日は天然のアユの他にもサツキマス、ウナギなどが競りにかけられた。

「市場のなかのスイカの匂いで、どれくらいアユがいるのかわかる」。上流でも漁が始まり入荷が本格化する6月に向けて、ある市場関係者は期待をこめて話す。

同じ日の夜には、長良川鵜飼が開幕した。期間の終わる10月まで、多くの観光客が岐阜市を訪れる。自然からの恵みを授かり、先人から受け継いできたいくつもの営みがこの流域にはあり、地域のアイデンティティーとなっている。そんなところでの人びとの暮らし、生命の循環がいつまでも続いてほしい。

他の河川と同じように、長良川も河口堰や支流に新たにつくられようとしているダムなど、環境を悪化させるいくつもの問題に直面している。

川のことをもっともよく知るのは、研究者でも釣り人でもない。毎日川を眺めともに過ごす漁師である。魚の発する声に耳を傾けることができるから、漁場のわずかな変化にも気づく。漁師は川の守り人である。漁業関係者らによって行われている保全活動などもまた紹介したい。

天然の川魚が並ぶ市場の様子からも、その地域の豊かさといったものを、うかがい知ることができる。長良川のアユを通して、流域のいろんなものが見えてくる。

多様であることは豊かであること。そんな思いを抱かせる長良川の今を歩き見て、そこで生きる人びとの営みや声を伝えていきたい。

f:id:takashi213:20200226131310j:plain

 

f:id:takashi213:20200228103650j:plain