里山川海を歩くライターの活動記録

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〈新美貴資の「めぐる。(64)」〉伝統漁法で落ちアユを捕る 岐阜県・長良川のやなと瀬張網漁

〈『日本養殖新聞』2017年10月15日号掲載、2020年4月17日加筆修正〉

落ちアユの季節がやってきた。秋になるとアユは産卵期に入る。オスは精巣、メスは卵巣が成熟し、遡上した川をくだる。岐阜県の美濃地方を縦断する長良川では、中流を中心にこのときのアユを捕える漁が盛んに行われている。

郡上市大和町にある「杉ケ瀬ヤナ」を訪ねた。以前にこの連載の取材でお世話になった、同町にある料理旅館「清竜」の森尾清左衛門さんが仲間たちと運営している。

 このやなでは、捕れた天然の「郡上鮎」のみを料理に使う。熟練の職人が炭火でじっくりと焼き上げた塩焼きは、頭や中骨までしっかりと熱が通っており、丸ごとたいらげた。川に降りてみる。やな漁は、石や竹で漏斗型の堰を設け、流れが狭まったところに竹の簀を築いて、押し流されてきたアユを捕まえる大がかりな漁法である。杉ケ瀬と呼ばれる瀬があるこの場所には、森尾さんたちが始めるずっと前からやながあった。それが昭和の伊勢湾台風で消失してしまい、しばらく途絶えていた。これを森尾さんたちが、当時のやなを知る関係者から学んで復活させた。以来40数年、伝統の漁法をこの地で守り続けている。

 設営に10数人が1週間かけるやなは、昔と変わらない造り。アユがもっとも落ちるのは、10月の終わり頃。それも大雨が降り増水したときで、大漁と呼ぶほどの漁獲があるのは何年かに一回だが「多いときは一晩中捕り続ける」と森尾さんは話す。

 簀の上に乗ってみた。しぶきをたてごうごうと流れる水の音を聞き、川の風を受け、水の匂いをかぐ。訪れる者にとって、自然のなかで人の技を生かしたやなは、川と親しむことができる貴重な場となっている。

 郡上市より下った岐阜市の鏡島地区では、瀬張網漁が始まっていた。夕暮れ前に訪れると、仕掛けの前で漁師たちが投網をにぎり、やってくるアユを待ち構えていた。

 瀬張網漁は、音と色でアユを脅し捕える漁法である。なだらかな瀬には、横断するように鉄の杭が等間隔で打ち込まれ、その杭と杭とをロープが水面の高さで結んでいる。水の流れでロープは弓形になるが、張力が働いて戻ろうとし、そのときに跳ねて水面をたたく動きを繰り返す。川の底には、石をつめた白いビニール袋が杭にそって沈められている。くだってくるアユは、この音と色に驚き、仕掛けの上流側でとどまる。この一瞬を、仕掛けの下流側で待ち構える漁師は逃さず、網を投げて捕えるのである。

 一人の漁師が網を放った。続いてもう一人も。見ると大きなアユが何匹かかかっている。慣れた手つきで生きたまま手早く外し、生簀に入れる。アユがたてる「波を見たらいい。大きい波のとき、魚も大きい」とベテランの漁師は言う。それから日が沈むまでのしばらくの間、漁師たちはアユを捕り続けた。

魚を生業として捕る人たちがいる限り、長良川での人と魚の知恵比べはこれからも続く。

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