里山川海を歩くライターの活動記録

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〈新美貴資の「めぐる。(65)」〉産卵で終盤迎えるアユシーズン 晩秋の岐阜市・長良川を歩く

〈『日本養殖新聞』2017年11月15日号掲載、2020年4月17日加筆修正〉

実りと恵みの季節も終盤に入った。日中は汗ばむ陽気も、朝晩は日増しに冷え込み、長良川では寒風が吹き始める。岐阜県岐阜市ではアユの産卵が盛んで、年魚による子孫を残すための最期の戦いが川のなかで続いている。

 11月初旬、市内で「鮎の産卵を見る会」が開かれた。会場となったのは、長良橋から400メートルほど下流の元浜町の河原で、集まった人びとは水中に設置されたカメラからの映像を囲み、アユが産卵する瞬間を目にした。

 フォトエコロジストの新村安雄さんが、この観察会を始めたのは27年前になる。「アユはどこで生まれるのか」と聞かれたことがきっかけだった。以来、毎年この時期に開催し、産卵を見守り続けている。

 アユの産卵は、日が傾いて暗くなると始まる。午後4時半頃、水中からの映像がスクリーンに映し出された。アユは産卵の時期が近づくと、中流域より下に降る。長良川でいえば、やわらかい砂が河床にある岐阜市が産卵に適したところで、ここで生まれ死ぬのである。

 日没の10分くらい前、4時47分がちょうど産卵の見られるタイミングだと新村さんは予告する。映像を見ていると、メスばかりのなかに黒っぽい婚姻色をおびたオスのアユが集まりだす。47分、アユが体をふるわせる。メスが石のすき間に卵を産んでオスが放精し、一瞬のうちに産卵が終わった。

 メスが卵を産むのは1回で、新たな命を川に託し、生を全うする。この夜も、たくさんの生命の循環があちこちで営まれたことだろう。日が暮れて観察が終わる。近くの焚き火で暖をとりながら産卵の場面を思い浮かべた。

 別の日、市内の鏡島地区では、アユの人工ふ化の種付け作業が朝から行われた。長良川漁協が主体となる取り組みに、10人ほどの漁業関係者が参加している。同漁協によると、種付けは地元の漁師たちの手によって、大正時代から続けられているという。

 漁師たちが、生きたメスのアユを次々と手に取り腹を押さえる。黄色い卵子が勢いよく飛び出し、溜めている容器のかさはみるみる増していく。しぼった精子卵子は攪拌し、受精させてシュロの樹皮に付着させる。

 受精卵は川のなかに3日ほど沈めてから、下流三重県桑名市にある河口堰近くの人工河川に移す。堰ができてから流速が遅くなり、ふ化した仔魚の海への流化が難しくなったため、ここまで運んで育成しているのである。この日は約2900万個の受精卵を確保した。今期全体では1億200万個を種付けし、ふ化と流化を支える。

水温にもよるが、卵は2週間ほどでふ化し、伊勢湾に降っていく。小さな一つひとつの卵を見て、来春、元気な稚アユとなって帰ってくることを思う。天然アユの資源を守ろうとする、漁業関係者らの努力が実ることを願った。

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