里山川海を歩くライターの活動記録

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〈新美貴資の「めぐる。(66)」〉資源・地域・国境を壊す漁業権開放論 共生と共助の協同組合を守るべき

〈『日本養殖新聞』2017年12月15日号掲載、2020年4月17日加筆修正〉

「水産ジャーナリストの会」の12月研究会が東京都内で開かれ参加した。テーマは「漁業権開放論の危うさ~資源・地域・国境の崩壊」で、東京大学大学院農学生命科学研究科の鈴木宣弘教授が講演した。養殖や内水面漁業にも大きな影響を及ぼす内容であると思われるので、一部を紹介したい。

小泉政権の頃より顕著に表れ、急激に進んできた規制緩和自由貿易の流れ。この流れをさらに加速させている安倍政権による規制改革推進会議で、農協や漁協の解体、卸売市場の大きな改変が危惧されている。私たちの命をつないできた安全で安心な食料供給体制は守られるのか。筆者は地方の生産現場をまわるなかで危機感を強くしてきた。

そして、これまで漁協が管理してきた漁業権を、民間企業に開放する論議が規制改革の俎上にあがり、同会議の水産ワーキング・グループでは、漁業の効率化や規制緩和に向けた議論が進められている。

鈴木教授は「グローバル企業などの要求を実現する窓口が規制改革推進会議であり、国民の将来が一部の人たちの私腹を肥やすために私物化されている」と警告する。漁業の専門家が一人もいないグループで、将来を方向づける重大な話し合いが行われているのである。

「グローバル企業の経営陣は、命、健康、環境を守るコストを徹底的に切り詰めて、『今だけ、金だけ、自分だけ』(3だけ主義)で儲けられるように、投資・サービスの自由化で人びとを安く働かせ、人の命よりも企業利益を増やそうとする。利権で結ばれて、彼らと政治、メディア、研究者が一体化する」。これが規制緩和グローバル化の正体であると鈴木教授は説く。

こうした市場原理主義の対極にあるのが、農林水産業を核とした、共生と共助の「協同組合」である。「一部に利益が集中しないように相互扶助で農林漁家や地域住民の利益・権利を守り、命・健康、資源・環境、暮らしを守る共同体(農協、漁協など)は、『3だけ主義』には存在を否定すべき障害物である。そこで『既得権益』『岩盤規制』と攻撃し、ドリルで壊して市場を奪って私腹を肥やそうとする」。政府が進める規制改革は、この言葉に集約される。

鈴木教授によれば、農協解体に向けた措置として、全農共販・共同購入の無効化、独禁法の適用除外の実質無効化、生乳共販の弱体化、信用・共済の分離への布石が打たれ、事態は着実に進んでいるという。このままいけば、こうした措置がそのまま漁協に反映されることは、想像に難くない。

漁業権の開放と漁協の解体は、宮城県石巻市で浜に混乱をもたらしているショック・ドクトリン(惨事便乗型資本主義)による水産特区や、管理コストの増大や寡占化が懸念されるIQ(個別割当)・ITQ(譲渡性個別割当)方式の導入を求める主張など、漁業や漁協に対するバッシング報道も含め、弱肉強食の強欲資本主義が根底にあると筆者は考える。

食料の供給だけでなく、資源の管理や環境の保全、海難救助や国境の監視など、漁業者が担ってきた多面的な役割と現場の実情をきちんと理解したうえで、漸進的な改革を進めていかなければならない。漁業と漁村は、変わらなかったから衰退したのではない。守り続けたから、残ってきたのである。

「長くつないできていることには、必ず良いことが残っている。そこを否定してはいけない」。ある漁村で語った漁業関係者の言葉を思い出す。市場原理が限界を見せ始めている今、競争の強化ではなく持続を掲げて、この国から失われつつある、共生と共助の精神をもう一度見直すべきである。

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