里山川海を歩くライターの活動記録

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【DoChubu掲載】木曽三川からの豊かな恵み。自然の力でおいしく育つ小鈴谷のノリ

〈『DoChubu』2011年3月15日更新、2020年4月21日加筆修正〉

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私たちがいつも口にしているノリ。様々な工程を経て丁寧に作られています

寿司やおにぎりなどに使われるノリ。昔も今も私たちの食生活には欠かせない、とても馴染みの深い食材です。全国で養殖されているノリは、スサビノリアサクサノリなどから作られた品種の株が使われており、まとめて一般にはクロノリと呼ばれています。

クロノリの養殖が盛んな愛知県は、生産量が全国で第6位(2006年)。伊勢湾、三河湾の産地では、冬から春のシーズンにかけて、ノリの収穫と製品づくりの作業に昼夜追われます。

いつも口にしているノリは、どのように作られているのでしょうか。1年でも寒さがもっとも厳しい1月下旬のとある日の早朝、伊勢湾のノリ産地として有名な愛知県常滑市小鈴谷地区を訪ねました。遠浅な海に面し、昔からノリ養殖が盛んな小鈴谷。ノリ養殖の他にも、アサリをとる採貝漁業、小型定置網漁業などが行われています。

澄んだ空気が冷たい朝の7時、小鈴谷漁協に到着するとちょうど朝日がのぼり、海面を明るく照らしはじめたところでした。

黙々と続く摘み取り

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漁港を出て沖のノリ漁場へ。朝日に照らされたノリ養殖の支柱が並んでいます

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ノリ摘み作業中の漁船。海面にはったノリ網の下をくぐってゆっくりと進み、ノリをはたき取っていきます。 はるか先には常滑市街と中部国際空港へわたる橋が見えます

漁協の参事・渡邉隆さんの案内で早速船に乗り込み、ノリ摘みの作業を沖から見学させてもらうことに。この日は風もほとんどなく、海面はとても穏やか。朝もやのなか、すべるように船が進むと、立ち並ぶノリ養殖の支柱がすぐに見えてきました。

ノリは網を漁場に張りこんで養殖しますが、小鈴谷では、浅いところでの「支柱」と沖での「浮き流し」の2つの方法で行っています。船に乗って15分ほどで沖の浮き流しの漁場に到着しました。陸と海の上では、全く異なる寒さ。あまりの冷たさで手には強烈な痛みが走ります。

小鈴谷では秋頃、ノリの種を網に付けて漁場に張り、11月下旬から3月下旬にかけて収穫します。渡邉さんによると、今日のノリ摘みの作業は、今年に入って4、5日目なのだそう。1度収穫すると、成長するまでには1週間ほどかかります。時には雨や風が強くて天候が悪く、海に出ることができない日もあるそうです。

沖の漁場をしばらくまわり、ノリ摘みを行っている漁船を見つけて近くへ。「モグリ船」と呼ばれる漁船が、真っ黒なノリ網の下をくぐってゆっくりと進み、水しぶきをあげながらバサバサとノリを摘み取っていきます。漁船の前方にある、角のような「下ベラ」によって、船はノリ網の下にもぐりこんでいきます。網の下をゆっくりと進みながら、船の前部にある機械で下から網をはたき、ノリを落としていくのです。

海上には、ノリを摘み取る機械の鈍い音が響きます。真っ黒なノリ網の下を何度もくぐって、収穫の作業は黙々と続きます。

多くの工程を経て作られる

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収穫されたばかりのノリ。海水を含んで黒々としています。1袋で重さは1トンにもなるそう

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(左)運ばれたノリは海水タンクでかき回し、ゴミとり機を回転させて異物を除きます。 (右)「まきす」の上にノリが四角く流され、乾燥されていきます

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出荷前の最後の作業。人の手で重さを量ってランク付けし、やぶれや穴がないかもチェックします

漁協の横にあるノリの加工場も見せてもらいました。摘み取りを終えた漁船から持ち込まれたノリは、まず海水タンクに入れられます。続いて、回転するごみ取り機によって、他の海藻などの異物がのぞかれ、洗浄されます。

さらに海水と混ぜて濃さを調整。「まきす」の上にノリを四角い形に流して乾燥させると、完成はあとわずかです。1枚(21センチ×19センチ)のノリを10枚で1帖とし、10帖で帯をかけて1つにまとめます。ここまでに要する時間は、港から持ち込まれて3時間ほど。後日、漁協で行われる品質検査で、重さや漁場の違いなどによってランク付けされ、県漁連に製品として出荷されます。

ノリは重さの軽いほうがランクは上。「照りがあって薄くて、焼くと青くなるものがいいよ」と、ベテラン従業員の女性の方が笑顔で教えてくれます。一番の高値がつくのは、初摘みの年1回だけしかとれない新ノリ。歯切れが良く、風味があってとても美味なのだそうです。

ノリが作られる工程を見たのは初めてのこと。機械化が進んでいるとはいえ、収穫から製品になるまでには、多くの作業と人の手間がかかっており、その一つひとつの工程が製品の仕上がりにも影響します。

乗船してノリ摘みを体感

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大岩さんの漁船にのせてもらい沖の漁場へ。早朝よりも波がでて冷たい風が容赦なく顔に吹きつけます

加工場を見終わって話もうかがうことができ、漁協を後にして港を歩いていると、ちょうどノリを港に運び終え、再び摘み取り作業に向かおうとする漁師さんとばったり。「乗ってみるか?」と声をかけてくれました。

こんな体験はめったにできないと、雨合羽と長靴をはいて早速乗せてもらうことに。この日3回目の摘み取りに向かうのは、ノリ養殖40年以上のベテラン漁師、大岩久二さん。船の後部に座らせてもらうと、沖の漁場へと勢いよく出発。初めてのノリ摘みの現場体験に胸が高鳴ります。

体中が海水とノリまみれに

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摘み取り作業で頭上を通過するノリ網。 大量のノリと海水が飛び散って、作業中は顔をあげることができません

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1回の摘み取りで収穫するノリは約1トン。漁船からリフトで港へあげます。 作業をしているのは、大岩さんに弟子入りして働く19歳の若手漁師、栗田さん

沖の漁場に到着すると、いよいよ摘み取りの開始です。大岩さんの指示通り、フードをしっかりかぶって、顔を下に向けて身をかがめます。ゆっくりと船が進み、先端の下ベラがノリ網を持ち上げると、そのまま頭上を通過。ノリと海水のしぶきが頭上から降り注ぎ、体中はベタベタです。前方を見ることさえできず、とてもカメラを構えるどころではありません。

船の前部にある機械で、バサバサとはたかれていくノリは、そのまま箱にどんどん落ちて、たまっていきます。箱にたっぷりたまったノリは、時々船をとめて中央に置かれた大きな袋へと移します。ノリを運んだり、ほどけたノリ網のロープを結び直したり。若手漁師の栗田竜樹さんが揺れる船のなかを軽々と前方へ飛び移り、大岩さんの指示に従って手際よく作業をこなしていきます。

「楽な商売じゃないよ。潮をかぶるし寒いし。実際に乗ってみないとわからん。体験すると大変さがわかるよ」と言った大岩さんの言葉通りでした。外から見るのと実際に乗って見るのとでは大違い。寒風が吹きつけるなか、海水とノリを頭から浴び続け、冷え切った体は鉛のようです。船を何度も反転させ、上下左右に揺られているうちに酔いもまわってしまい、約1時間1回の摘み取りでもうぐったりでした。

港へ到着し、収穫したノリをリフトで揚げ終えると、大岩さんと栗田さんは休む間もなくすぐに4回目の摘み取りに向け、こちらに笑顔を向けながら沖へと消えていきました。

自然の恵みに加わる多くの人の手

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小鈴谷の焼のりと味付のり。漁協で購入することができます

「今年のノリは平年以上」と、でき具合について話す小鈴谷漁協組合長の畠豊春さん。小鈴谷でノリ養殖を営んでいるのは現在11軒。最盛期には100軒を超えたそうですが、ノリの価格低迷や過酷な重労働、高価な加工機械の購入や維持への負担が大きいため経営は厳しく、他の地区の業者も同様ですが、その数は年々減少しているそうです。

いつも当たり前のようにお店で買って食べるおにぎり。そこに巻かれているノリも、このように多くの人の手によって時間をかけて作られたもの。そう思うと、味わいもまた変わってきます。

豊かな自然の恵みによって育まれているノリ。「ほとんどは自然まかせ。おいしくなるのも自然の力」。「木曽三川からの恵みで黒くてやわらかい、味の良いすばらしいノリとなる」。長年にわたってこの海でノリを作り続けてきた畠さんの言葉には重みがあります。

これからもずっと、おいしいノリが育つ、多くの恵みをもたらす海であってほしい。そんな思いが自然とわきあがってきます。すばらしい体験をすることができ、体は疲労感でぐったりも気持ちは充実感でいっぱい。海のこと、そこで営まれている様々な漁のことについて、もっと知りたいという思いが、さらに大きくふくらんだ一日でした。

(新美貴資)

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