里山川海を歩くライターの活動記録

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【DoChubu掲載】老舗佃煮店がつくる 桑名の名産「しぐれ蛤」

〈『DoChubu』2014年7月9日更新、2020年5月16日加筆修正〉

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伊勢湾の湾奥にあって、木曽、長良、揖斐の三つの大きな川がそそぐ河口に面した三重県桑名市。古くからハマグリの産地として知られ、江戸時代より製法が伝わる、たまりで煮炊きしてつくる「しぐれ蛤」が名物となっています。風土が育んだ伝統の味を長年にわたってつくり続け、老舗ののれんを守る「貝増商店」を紹介します。

木曽三川の河口で獲れる大粒のハマグリ

創業は明治36年三重県桑名市の鍛冶町に本店をかまえる貝増商店。同じ市内の漁師町・赤須賀にあって、漁港を目の前にした赤須賀店の入り口には、木曽三川の河口でとれたハマグリやシジミ、伊勢・三河湾でとれたアサリがずらり。アサリやコウナゴ、モロコやコンブなど、さまざまな魚貝の佃煮も販売されています。

店内にはいると、四代目の服部高明さん(43歳)と、母親のたゑ子さん(69歳)が笑顔で迎えてくれました。この日に赤須賀漁港の入札で仕入れたというハマグリを見せてもらうと、どれも手の甲くらいある大粒なものばかり。店の奥には加工場があり、これからしぐれ蛤をつくるというので、その様子を見せてもらいました。

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桑名の漁師町にある「貝増商店」の赤須賀店

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木曽三川の河口で漁獲され、赤須賀漁港で水揚げされた大粒のハマグリ

梅雨の頃がやわらかい

秋の末から冬の初めの、雨が降ったりやんだりするしぐれの頃にハマグリを煮炊きしたことから、その名がついたとされるしぐれ蛤。貝の身入りは、「梅雨の頃のいまが最高。産卵前のこの時期にお腹がはってくるんです」と、たゑ子さん。高明さんも、「いまが一番やわらかい」と話します。

製造に使う貝は、身のつまった重たいものがよいそうです。高明さんは、仕入れたハマグリを左右の手に持ち、殻をカチカチと軽くたたき合わせ、たたいたときの音から身のはいり具合を確かめ、一つひとつていねいに選り分けていきます。その近くでは、たゑ子さんが「貝むき」という道具をつかってハマグリの口をひらき、熟練の早業で次々となかの身を取り出していきます。

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手作業で一つひとつ貝を開いて身を取り出す、熟練の技がひかります

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大きな殻を開くと、たっぷりつまったハマグリの身があらわれます

自然の恵みに感謝し大切に仕上げる

地元産のたまりや、長年煮炊きに継ぎ足し使っている、貝のうまみを含んだ「しぐれたまり」などで満たされた大きな釜からは、もくもくと湯気があがります。製造を担当する高明さんは、濃厚なにおいを放つ釜のなかへ、砂を吐かせ、あらかじめショウガと一緒に茹でておいたハマグリのむき身を投入します。

途中から砂糖や水飴などもくわえてじっくりと煮込み、40分ほどして取りあげると、飴色に輝くできたてのしぐれ蛤が姿をあらわしました。ぷっくりとふくらんだ煮貝は、とってもやわらかな歯ごたえで、噛みしめるたびに豊かな味わいがひろがります。

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たまりの濃厚なにおいを放ち、飴色に輝く、炊きあがったばかりのしぐれ蛤

環境の悪化によって、一時は絶滅の危機といわれるほど漁獲量が落ち込んだ桑名のハマグリ。漁の不振は長く続きましたが、種苗の生産と漁場の保全に取り組む地元漁業者の努力が実り、5年ほど前から資源は徐々に回復。地元でとれた貝を使ったしぐれ煮が、ふたたび製造できるようになりました。

「桑名のハマグリで炊けるようになるとは、夢にも思わなかった」。そう言って、たゑ子さんがにっこり笑みを浮かべると、高明さんも「うれしかったし、本当においしかった。この気持ちを忘れてはいけない」と、当時を振り返り、喜びをあらわします。

自然からの恵みと、喜んで味わってくれるお客さんに感謝し、一つひとつを手作業で大切に仕上げていくしぐれ蛤。長い歴史をもつこの漁師町に、郷土の味を守り、伝える確かなつくり手がいました。

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伝統の製法を守り、郷土の味を伝える服部高明さん

(新美貴資)

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