里山川海を歩くライターの活動記録

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〈新美貴資の「めぐる。(2)」〉地元への思いを胸に喜ばれるウナギを提供 白焼き持ち帰り専門「うなぎの井口」店主 井口恵丞さん

〈『日本養殖新聞』2012年7月15日号掲載、2020年4月13日加筆修正〉

汽水の浜名湖が広がる静岡県浜松市は、昔から養鰻の産地として名をはせてきた。同市は人口80万人を擁する楽器や輸送機器、繊維などの製造業が盛んな工業都市でもあり、ウナギの消費量は全国でも有数。市内にはウナギを食べさせてくれる店が数多くあり、舌の肥えた客を相手に職人が腕を競う。

その浜松の中心部から離れた浜北区の郊外にあるのが、白焼き持ち帰りの専門店「うなぎの井口」である。白焼きの持ち帰りという珍しい商いのスタイルは、この地ならでは。店主の井口恵丞さん(40)によると、静岡のおもに西部ではウナギを白焼きで食す文化があり、浜松では半製品である白焼きを自宅に持ち帰り、手を加えて味わう習慣が昔からあるという。生産だけでなく消費も旺盛で、浜名湖のブランド力も健在であることから、いまも変わらない白焼きのニーズを生んでいる。

店では、料理店がだす半額ほどの値段で白焼きを提供する。仕入れる活鰻は身のやわらかい国産のものにこだわり、浜名湖を中心に時期によっては愛知の一色や鹿児島の産地からも取り寄せる。商品につけるタレも独自に開発。地元の蔵元で醸造された酒のほか、「じんわり甘さが広がる」という黄褐色の三温糖を使う。

白焼きを購入した客は、持ち帰ってそのまま食卓にあげたり、蒲焼きに調理して自宅で味わう。「お客様が蒲焼きで召し上がるまでの調理方法も合わせて提案することが大事」というのが、井口さんの変わらぬ考え。家庭でおいしく食べることができる調理法やサラダなどとあわせた新たな食べ方も商品と一緒に提案する。

父親が脱サラして開いた店は、創業から24年を迎えた。浜松で生まれ育った井口さん。名古屋で送った大学生活では、学業のかたわらアルバイトで厨房や接客を学びながら働き、在学中に繁華街に飲食店を構え経営した。地元を離れた当初は、親の跡を継ぐつもりはまったくなかったと語る。それでも客を相手にする商売の楽しさと厳しさに魅了され、店を受け継ぐ決心を固めたのは23歳のとき。

飲食店を譲って浜松へもどり、新たな人生のスタートを切ろうと修行にでたばかりの井口さんを見舞ったのは、父親の突然の他界だった。「店をしめるわけにはいかない。とにかく必死だった」。井口さんの手に刻まれている数々の傷跡が、当時重ねた修練の過酷さを物語る。両親が築いた店を守り、客に喜んでもらいたい。この思いがいまも変わらず根底にはつらぬかれている。

ウナギを扱うようになって17年。「自分のこだわりとお客が求めているものは必ずしも一致しない。もっといいウナギを提供できる可能性がある」と謙虚な姿勢をくずさない。まるで洋菓子店のような洗練された店内には、白焼き以外にもこだわりの地域商品がならび、地元への強い愛着がうかがえる。

「生産者の思いを伝えていきたい」と語る井口さん。東西の文化が交わる東海道の真ん中にあり発展を遂げてきた浜松。進取の気風に富んだこの地で、極みをめざそうと柔軟な発想をもって走り続ける職人の姿があった。 

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