里山川海を歩くライターの活動記録

水産のいろんな世界を歩き見て、ひとの営みや暮らしを伝えています

多くの問題がある新漁業法

〈2019年6月1日執筆、伊勢・三河湾流域ネット―ワーク2019年総会関連企画『今伊勢湾と周辺で起きていること』の資料に寄稿、2020年5月24日加筆修正〉

昨年12月、漁業法が改正された。「水産資源の適切な管理」と「水産業の成長産業化」を目指す抜本的な「水産政策の改革」は、この国の漁業の現状を十分に認識したうえで未来像を描いたものになっているのか。現場不在の拙速な議論による改訂には多くの疑問がある。

なかでもまずあげたいのは「養殖・定置網における漁業権の免許の優先順位の廃止」と「海区漁業調整委員会(以下、調整委員会)委員の公選制の廃止」である。地元漁協に漁業権を優先的に免許する規定と、漁業権を免許する場合に重要な働きをする調整委員会の委員を選ぶ選挙制度の廃止は、漁民の生きる権利をおびやかすもので、免許や任命について権限を持つことになる知事によって恣意的な濫用を招くおそれがある。漁業者を主体とする「漁業調整機構」が担ってきた漁場の管理機能が失われ、各地の浜で争いが起こり、水産行政の現場が混乱することを懸念する。

日本の漁業・漁村を壊しかねないこのような改悪の端緒をつくったのが、日本経済団体連合会などの財界のシンクタンクである日本経済調査協議会(以下、日経調)の「水産業改革高木委員会」である。同委員会が2007年に発表した緊急提言にその原型がある。そこには「漁業のみならず、養殖業や定置網漁業への参入障壁を基本的に撤廃し、参入をオープン化せよ」(「魚食をまもる水産業の戦略的な抜本改革を急げ」日経調)とある。

以来、漁業権の開放は、経済界からの要望をのみ続ける政権によって、議論の俎上にあげられてきた。そして日経調の動きと歩調をあわせるかのように、緊急提言の内容を喧伝するような書籍の出版が相次ぎ、便乗した記事が一部のメディアで盛んに報じられた。現場の実態や現状に至る背景を十分に鑑みることなく、漁業が衰退した主な原因は乱獲であると批判し、欧米の漁業制度を礼賛する論調には大きな偏りがあり実証性に欠けている。

旧法の「目的」にあった「漁民の民主化」の文言をなくし、漁業や養殖業の大型化・重点化・効率化によって「生産力の発展」を押し進める。民間企業の参入、外国の資本が入る道を広げて、海の環境や津々浦々にある漁村の暮らしは守られるのか。小泉政権の頃より顕著に表れ、急速に進んできた規制緩和自由貿易の流れを、安倍政権はさらに加速させている。

「『世界で一番企業が活躍しやすい国』を目指します。(中略)聖域なき規制改革を進めます。企業活動を妨げる障害を、一つひとつ解消していきます」(安倍総理施政方針演説・第183回国会より)。新漁業法からは、日本の漁業の主体をなし、多面的な役割を果たしてきた小規模な沿岸漁業についての未来像が見えない。

新漁業法は、学者、政策コンサルタント、大手の水産や食品企業の幹部など、民意によって選ばれていない、沿岸漁業について知悉しているとは思えないメンバーからなる内閣府の規制改革推進会議での議論によって、漁業者の知らないところで方向性がつくりあげられた。他にも管理コストの増大や寡占化が懸念されるIQ(個別割当)方式の導入、大臣許可漁業における漁船の規模の自由化など、資源への圧力増大や沿岸漁業とのあつれきを生みかねない多くの問題がある。

公布から2年以内に運用の仕組みなどが決められ施行されるが、政府は改訂の中身について漁業者に対して丁寧に伝え、浜の声に耳を傾け、沿岸漁民の生業と暮らしが守られるよう万全な措置を講じなければならない。新自由主義による企業優先の性格が強く表れている新漁業法については、多くの学識者や漁業関係者から成立過程や内容について疑問の声があがっている。

現政権下の漁業政策は、政府が方針とする「地方創生」や国連が家族農業の持つ多様な役割を評価し、2019年から位置づけた「国連家族農業10年」とは逆行したものであるということを指摘しておきたい。(新美貴資)