〈『水産週報』2010年11月15日号寄稿、2020年5月28日加筆修正〉
押し寄せる一般市民で活気にわく名古屋の卸売市場。晴れわたる空が広がる10月の日曜。普段であれば静かな市場内がこの日は大きな喧騒に包まれ、かつてないほどの盛り上がりをみせた。
名古屋市熱田区にある市中央卸売市場本場で2010年10月3日、「ふれあい市場まつり」が開かれた。市民に市場を身近に感じてもらい、その機能や役割への理解を深めてもらおうと社団法人名古屋市中央卸売市場協会が主催し、水産メーカーおよび団体、青果物産地団体、飲料メーカーなど多数が協賛。市場関係者が一体となって初のまつりを開催した。
まつりでは、新鮮な水産・青果物など生鮮食料品の即売会、模擬せり販売、マグロ解体の実演、親子おさかな教室など、多くのイベントが開かれた。詰めかけた約2万3000人の市民は市場内での買い物を楽しみながら、講演会やクイズなどを通して食についての知識を学び、市場への関心を深めた。
▼盛況だった即売会
名古屋市場でまつりが開かれるのは昭和24年にこの地で業務を開始してから初めてのこと。午前10時にまつりが始まると、市場内のイベント会場はどこも来場した多くの市民でにぎわった。
人気を集めたイベントの一つが、水産・青果物などの即売会。会場となった太物棟のマグロ低温卸売場内には、水産メーカーや漁連、漁協、市場内で営業する仲卸などが出店。どの店頭にも「お値打ち価格」や「特別価格」といったビラが張られ、販売員による威勢のいい掛け声が四方から飛び交った。
水産メーカーは、魚肉ソーセージや加工した魚の切り身、おつまみやおでんだねなどを販売。ソーセージのつかみどりなども行われた。地元愛知県の豊浜漁協は、生鮮のイワシや塩ワカメのほか、名物のアナゴの干物などを販売。三重漁連は県内の特産品である「紀州さんま寿司」や「紀州さば寿司」のほか、アオサノリの佃煮、ノリ、ワカメなどの加工品を販売し、客の目を引いていた。
出店していたある仲卸の担当者は「人の数がすごい。驚きました」と客の多さに興奮気味。店頭に積み上げられていた商品は次々と客の手に渡り消えていく。昼過ぎには在庫が尽きて、営業を終える店も。売り場は大きな手提げ袋や発泡スチロールを抱えた客が忙しく行き交い、盛況が続いた。
▼マグロ完全養殖について講演
中央管理棟では、「クロマグロ完全養殖の達成と将来展望」と題した講演会が行われた。完全養殖に世界で初めて成功し、内外から注目を集める近畿大学水産研究所の熊井英水教授が講師として招かれ講演。成功までの32年間にわたる研究過程とこれからの目標について、わかりやすく語った。
熊井教授は世界的にマグロの漁獲規制が強まるなかで、資源の有効利用、さらに資源を増強する技術開発が重要であることを強調した。現在の研究について、「人工でマグロが生産できるようになり、量産する研究に入っている」と説明。世界で最も多くのマグロを漁獲し、消費している日本が増養技術を確立して、その成果を世界へ発信していかなければならないと訴えた。
会場につめかけた多くの市民は、熊井教授によるマグロの最新の研究内容や生態についての興味深い話に熱心に聞き入っていた。
▼魚の鮮度について親子で味わって学ぶ
同じく管理棟で開かれ、大人にも子供にも人気だったのが「親子おさかな教室」。おさかなマイスターである中部水産の神谷友成取締役販売促進部長と名古屋鮮魚卸協同組合青年会のメンバーが、魚の調理を実演し、魚の上手な食べ方を参加した親子に講義した。
同組合青年会の岩田隆臣会長が参加者の目の前で、養殖のカンパチを見事な包丁さばきで調理。その隣で神谷部長が魚の模型を使って、骨のある部位などを子供たちにわかりやすく解説した。
また、鮮度が24時間異なる同じ産地の魚の食べ比べも行われた。神谷部長のアドバイスに従い、参加者は五感を使ってそれぞれを試食。色やにおい、味や食感の違いなどを確かめ、親子で話しあった。食べ比べをして、多くの参加者からあがった声が、食感の違い。鮮度の新しいほうは身がコリコリで、熟成の進んだものはとてもやわらか。参加者の好みは大きく分かれたが、「どちらがいいかではなく、どちらが好きか。違いを確かめて」と神谷部長。食感や味の違いに大人も驚き、子供との会話も弾んでいた。
「骨のある場所は大きい魚でも小さい魚でも一緒。箸を上手に使ってたくさん魚を食べてください」と話す岩田会長。参加者は、骨のある部位がわかれば上手に魚を食べることができること、鮮度の違いによって同じ魚でも味や食感が異なることなどを楽しく学んだ。
▼マグロの解体やチリモンのコーナーも盛況
即売会でにぎわうマグロ低温卸売場内では、同組合による養殖クロマグロの解体実演も行われた。解体の始まる前からステージ前には多くの人だかりが。仲買人が専用の長い包丁を使って大きなマグロを切り分けていく。見物客の視線が集まる中、マグロはあざやかに解体されていきステージは熱気に包まれた。
管理棟では衛生検査所職員による「チリメンにかくれたモンスターをさがそう!」のブースも。生き物の多様さを学ぶ教材として、子供たちに人気のチリメンモンスター、略してチリモン。チリメンのなかに混じっている小さなエビやカニの幼生、仔魚などのことで、顕微鏡を使って子供だけでなく大人も観察を楽しむ姿が見られた。
青果の模擬せりや産地交流会、風船つりや金魚すくいなどのゲームが行われた他、この日は市場内の飲食店も営業。模擬店やオープンカフェも設置され、多くの市民が市場内での休日を満喫した。
初の開催となった名古屋市場でのまつり。市の担当者によると、「一般の方の感触も良く、市場内での評判も上々」とのこと。市場の存在と役割をより消費者に知ってもらうためには、さらなる魅力の発信が必要だ。食についてこれほどたくさんの情報、そして目利きのプロが集まる場所は他にはない。市場の隠れた魅力をもっと引き出して、活性化につなげてほしいと思う。市民が様々な形で市場を体感し、成功のうちに終わった今回のまつり。さらに充実した内容での次回の開催を期待したい。(新美貴資)