〈『日本養殖新聞』2020年8月25日号寄稿〉
現代の都会を流れる小さな川にもウナギはいるのか。名古屋で暮らす年来の疑問である。都市のコンクリートで囲まれた狭小な河川において、ウナギを捕まえたり見たりしたという話を私は聞いたことがない。
愛知県長久手市の東西を横断し、名古屋市の東部を流れる全長約16キロの小さな川がある。香流川(かなれがわ)。名古屋市千種区で庄内川の支川である矢田川と合流する。特に中・下流域は多くの人口を抱え、密集した宅地のなかを流れる都市河川である。
この香流川で「ガサガサ」をして、どんな生き物がいるのか調べてみることにした。ガサガサとは、たも網で川のなかの生き物を捕まえる、大人も子どもも楽しめる遊びである。
ガサガサでウナギが見つかればラッキーだが、そうでなくても、ウナギが生息できる環境なのかどうかについて何らかの情報が得られるのではと期待した。
香流川は水辺のほとんどがコンクリートで固められている。名古屋市内でガサガサのできるところはほとんどない。
名古屋から長久手に移動し、市境から1キロくらい上った石田橋の近くに、水辺を草がおおう浅瀬がある。ここは近くのため池からの排水路と思われる暗渠がぽっかりと口を開け、本流に注ぐ小さな流れをつくっており、ガサガサを行う絶好の場所であると思われた。
マリンシューズに履き替え、たも網を持って流れに入る。水中から岸辺に網をそっと近づける。そして、水ぎわに茂る草の根っこを持ち上げるように、やさしくゆっくりとゆすってみた。
最初のうちは何も捕れなかったが、しばらくするといろいろな生き物が網のなかに入った。20分くらい続けただろうか。アメリカザリガニ、ミナミヌマエビと思われる小エビ、名前のわからない仔魚、タニシ、マシジミを捕まえた。手づかみでカワニナも見つけた。
都会を流れる川にもこんなに生き物がいる。ここで生まれ、育った生命を見て感動を覚えた。
ウナギにとってこの川はどんなところなんだろうと想像した。少なくとも餌は十分にある。川幅や水深、流速などの変化に乏しく、快適とはとても言えないが、川底や一部の岸辺には砂礫が堆積し、護岸には凹凸のあるブロックや石積みが施されているところもある。棲家となるところが全くないわけではなさそうだ。
問題はこの川にいくつもある人工横断構造物である。驚異的な遡上力を持つウナギであっても、これだけ落差が連続していたら、中流まで上ってくるのは難しいかもしれないと思っていた。
ところが先月に九州大学の研究チームが発表した「高さだけでなく堰やダムの構造も重要?ウナギは46メートルの滝を登っていた」という研究成果を見て、考えを改めた。
海から上ってきた天然のニホンウナギが、鹿児島県網掛川の高さ46メートルの龍門滝を越えて上流まで分布しているというのだ。
滝の岩肌と堰の壁面では状態が異なるが、香流川にいくつもある数10センチの落差をウナギが乗り越える可能性は大いにあるのではないか。香流川が注ぐ先の矢田川には、ウナギがいることが確認されている。この川にウナギがいるのか確かめたい。ウナギの目線から都市河川の環境についても考えてみたい。