里山川海を歩くライターの活動記録

水産のいろんな世界を歩き見て、ひとの営みや暮らしを伝えています

【新美貴資の「めぐる。〈121〉」】一流の職人とは? 不屈と信念と人柄

〈『日本養殖新聞』2022年7月15日号寄稿〉

世の中にはいろんな仕事がある。その中で「職人」と呼ばれる人、またそうした人びとが従事する仕事とはなんなのだろう。

水産業でいえば、漁師や競り人、仲卸や魚屋で働く人などが真っ先に思い浮かぶ。でも、職人を定義しようとするとよくわからず、もやもやしてしまう。

手元にある辞書で職人を引いてみると「手先の技術によって物を製作することを職業とする人」(『広辞苑〈第六版〉』)や「特殊技能を持って衣食住関係の実生活上の要求に応える労働者」(『新明解国語辞典〈第五版〉』)とある。

思い出すのは、長良川に生きた一人の職漁師のことである。生前に取材させてもらったことがあるが、どうやって魚を獲るか、寝ても覚めてもそのことばかりを考えていると話していた。川を壊され、汚されても、不屈の精神で漁を諦めず、川の行く末をいつも気にかけていた。職人とは、生きる姿そのものではないか。

話は変わるが、先月にNHKで放送された『レギュラー番組への道』の『マエストロたちの晩餐会―江戸前鮨の職人たちー』の回は興味深かった。

番組では、一流の鮨職人である青木利勝氏(57歳、職人歴34年)、杉田孝明氏(48歳、同30年)、尾崎淳氏(45歳、同22年)の3人が登場し、鮨の技術や店の経営、弟子の育成などについて語り合った。

旨い鮨とは?という問いに対しては、「心から満足できる鮨」(青木氏)、「職人の意思がわかる鮨」(杉田氏)、「居心地の良い鮨」(尾崎氏)。また、経営者と鮨職人のバランスの取り方については、「8(経営者)対2(鮨職人)。それなりの魚を使っておいしくもっていくのも僕らの技術だと思う」(尾崎氏)。「5対5。職人は人もしっかり育てていかないといけない」(青木氏)。「0対10。自分は人を喜ばせたい。そこに全て貫かれている」(杉田氏)と、三様の答えが出された。

十分な技術と経験を持って、有名店を営む三者の答えは、どれも正しいと思った。信念と飽くなき向上心を持っていることが、職人である証なのかもしれない。

分野は異なるが、家具職人・秋山木工代表の秋山利輝著『一流を育てる 秋山木工の「職人心得」』(現代書林)には、〈お客さまに好かれる21世紀型の職人を育てない限り生き残る道はない〉と書かれている。21世紀型の職人とは、他人への気遣いや感謝、人のことを考えられる職人で、〈一流の職人は技術より人柄〉であるという。

どれだけ技術があっても、頑固なだけではやっていけない。時代はどんどん移り変わっている。変わらないためには、変わらなければならないこともあるだろう。

でも、若いうちに親方のもとで何年か修業し、技術だけでなく礼儀や作法などを学び、人間力を身に付けることは必要だと思う。基礎の型がなければ、応用させることはできない。

魚食文化の継承と発展を担う職人について、これからも関心を持って見ていきたい。このようなことを考えていたら、ウナギの職人たちが大切に育て、仕分けて調理したうな丼が無性に食べたくなってきた。

多くの職人が活躍する消費地の魚市場。その地域の魚食文化を担っている