里山川海を歩くライターの活動記録

水産のいろんな世界を歩き見て、ひとの営みや暮らしを伝えています

【新美貴資の〈めぐる。(134)〉】命をつなぐ食 伝えたいこと

〈『日本養殖新聞』2023年8月25日号寄稿〉

講師を依頼され、今月に岐阜県各務原市で開かれる予定であった、小学生を対象にした体験講座。2年前から毎年やってきたが、今年は申込者が少なく、残念ながら中止となった。

この講座では、東海地方を中心にこれまで撮影してきた水産業の現場の写真を見てもらい、解説している。一口に水産といっても、そこにはたくさんの仕事があり、多くの人間が働いている。私たちは、こうした人々のおかげで毎日食事を摂ることができている。まずこのことを知ってほしい。そう思って毎回話している。

この国は、食の生産者をないがしろにし続けてきた。いまや食料自給率は38%(令和4年度:カロリーベース)である。この数字は先進国のなかでも極めて低い。食べ物を自国でまかなうことは、安全保障の根幹であるはずなのに、生産の担い手を守る責務を放棄し、ここまで国の力を弱くしてしまった。

農林水産業の衰退が、どれほど大きな損失であるか。例えば漁業は、国民にたんぱく源を供給するだけでなく、沿岸を支え、環境を保ち、海難を救い、国境を守るといった多面的な機能を持っている。地域に根を張る第一次産業の生産力の低下は、国家の衰亡に直結するくらい重大なのである。

今後も食料を安定的に輸入できる保証はどこにもない。いついかなる有事で他国からの供給が止まるかわからない。水産物については、中国をはじめとする新興国の旺盛な購買力を前に、世界中で日本の買い負けが始まっている。食料を自給できない国家は脆弱である。食料自給率の回復と、活力ある農山漁村の再生は、この国を健全な姿に戻すうえでの喫緊の課題である。

そのためにやるべきことの一つは、食育の充実である。食育とは、食材・食習慣・栄養などの食に関する教育である。そのなかで農林水産業の大切さを子供のうちからしっかり学ぶのである。学校教育で十分な時間を確保し、また農山漁村を訪れ生産者と交流し、生産活動を体験する学習も取り入れるべきである。

命をつなぐ食は、生きるうえでの源である。健康な心身は、安全・安心な食からつくられる。食を育む自然環境は、私たち人間も含めた生き物全体の生育の場でもある。「地産地消」や「医食同源」。このようなことを学ぶことによって風土や歴史、文化を吸収し、豊かな想像と協同の心を身につけることができるだろう。

食に対する理解が深まれば、生産者に対する感謝の気持ちが芽生え、働いてみようと思う若者も増えるのではないか。生産者も誇りを持って職務にまい進できるはずである。

この講座では、子供たちに煮干しの解体や鰹節を削る体験をしてもらっている。みんなこのようなことをするのは初めてで、目を輝かせながら夢中になって取り組んでくれる。今後も若い人を対象にしたこのような伝える機会があれば、協力したいと思う。

豊かな食文化を生む農林水産業農山漁村は国の宝である。水産業界で働く大人たち一人ひとりが食育にもっと関わるようになれば、世の中はきっと今より良くなると思う。

各務原市で開かれた体験講座(2022年8月)