里山川海を歩くライターの活動記録

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〈新美貴資の「めぐる。(78)」〉漁業法改正を許してよいのか 奪われる漁民主権、内水面漁業・養殖業にも影響

〈『日本養殖新聞』2018年12月15日号掲載、2020年4月18日加筆修正〉

この原稿を書いている時点で、漁業法を改正する国会での審議が大詰めを迎えている。約70年ぶりとなる抜本的な改正は、「漁業権の免許の優先順位の廃止」「海区漁業調整委員会委員の公選制の廃止」など、これまでの漁業制度を根本から変える中身で、多くの問題がある。漁業権とは、漁場利用における排他独占的な特権である。旧法でも企業は漁業権を取得できたが、地元漁業者が優先権を持っていた。

この二つの廃止は、漁民の生きる権利を直接的におびやかすものであり、権限をもつ知事による恣意(しい)的な乱用を招く恐れがある。十分な説明もなく、審議を強引に進める政権・与党に対し、漁業関係者からは反対の声があがり、メディアもこの問題を取り上げ始めた。

改正の意図を端的に表しているのが、この法律の目的を記した第1条の変更である。改正案では「漁業の民主化を図る」という文言が削除された。それが、漁協に漁業権を優先的に免許する規定の廃止であり、漁業権を免許する場合に重要な働きをする調整委員会の委員を選ぶ選挙制度の廃止である。

「漁業の民主化」をなくし、漁業や養殖業の大型化による規模拡大で「生産力の発展」を推し進める。民間の参入、さらには外国の資本が入る道を広げて、海や津津浦浦にある漁村の暮らしを守ることができるのか。議論は足りていない。漁業者を主体とする「漁業調整機構」が担ってきた漁場の管理機能が不全となり、各地の浜で争いが頻発するのを懸念している。

事前になんの説明もなく県知事が民間企業に漁業権を開放し、2013年に水産業復興特区の導入を図った宮城県石巻市桃浦地区の混乱を見れば想像はつく。養殖カキの産地である浜は対立によって分断され、制度の適用を受けたカキの生産・加工会社が解禁日を無視して出荷したり、産地ブランドをうたっていながら他地区産のカキを流用したりするトラブルを起こしている。

このような改悪が行われる端緒となったのは、財界のシンクタンクである日本経済調査協議会の水産業改革高木委員会が、2007年に発表した緊急提言である。そこには「水産業への参入のオープン化」が明記されている。以来、漁業権の開放は、経済界からの要望を受けた政権によって議論の俎上(そじょう)にあがる。

改正案の基をつくった規制改革推進会議も、大手の水産企業や食品企業、学者、ジャーナリストなど、沿岸漁業について知悉しているとは思えないメンバーを中心に、経済界の要望に応える形で方向が導かれた。そこには、零細な沿岸漁業の関係者、漁業の本質を理解する有識者は入っていない。現場不在のまま、漁業者の知らないところで「漁民の主権」を奪う話し合いが行われてきたのである。

漁協を中核とする漁村社会は、共生と協働によって厳しい自然を受け入れ相対し、恵みを享受してきた。利益の最大化を目的とし、集約や効率を優先する企業とは理念が大きく異なる。成長や競争を掲げる弱肉強食のグローバリズムが、この国の沿岸に広がる多様な風土と複雑な環境にあわせる柔軟性や持続性をもつとは思えない。

企業参入のすべてを否定するつもりはない。漁業の活性化につながることを期待するが、漁民の主権を尊重し、地元の理解を得て協調していくことが欠かせない。第一に守るべきは、食料を供給し、海を守り続けている漁業者の暮らしである。

今回の大改正は、海だけでなく、内水面の漁業や養殖業にも大きな影響を及ぼすはずであり、注意して見ていかなければならない。

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