里山川海を歩くライターの活動記録

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〈新美貴資の「めぐる。(9)」〉こだわりを追求し老舗の看板を守る うなぎ料理・料亭「康生」店主 生駒隆昌さん

〈『日本養殖新聞』2013年2月15日号掲載、2020年4月13日加筆修正〉

岐阜県の中濃と東濃のちょうど間にあって南を愛知県に接し、名古屋のベッドタウンとして発展をとげてきた可児(かに)市。古くからの自然と新興の住宅がおりなす穏やかな地域は、昔から窯業が盛んで美濃焼きの主産地としても名高く、明治から昭和の戦後にかけては、亜炭の採掘で大いに栄えたという。力仕事で汗をかく現場がいくつもあり、その働き手が多く居住していたことから、可児では精のつくウナギが好まれ、食べる習慣が定着したともいわれている。

隣接してあるJR「可児駅」、名鉄新可児駅」からすこし歩いた街中にある、昭和2年創業のウナギ料理・料亭「康生」。700坪の広大な敷地には、築60年以上の歴史をもつ、増改築をかさねて今にいたる立派な和風建築の店舗があり、手入れの行き届いた見事な日本庭園が広がる。店内へ一歩足を踏み入れると、外界とは異なる静謐で洗練された空間が、訪れる客の心をやわらかく包み込む。

この老舗でウナギを調理するのが4代目の店主である生駒隆昌さん(50)。自らさばき、串を通して焼き上げ、完成させる蒲焼きは、一つひとつのこだわりを積み重ねた自慢の一品だ。炭火で焼かれたウナギの表面はパリっと香ばしく、なかはふっくら。初代のころから変わらない銘柄のしょう油を使ってつくる、オリジナルの甘めのタレが、ウナギの味覚をさらに引き立てる。丼ぶりに使うご飯は、かまどの薪に火をいれ炊き上げたもので、料理にかける専心が、培われてきた伝統とあいまって、他にはない独特の味わいをうむ。

可児で生まれ育ち、大学を卒業した後、料理の世界へ飛び込んだ生駒さん。家業を継ぐ気持ちに迷いはなく、京都の料亭で2年間修行した。「包丁も握ったことがなく、なにも知らなかったから続けることができた」と、ひたすら味や技の習得に明け暮れた厳しい板場での日々を振り返る。その後、先代である父親が営んでいた「康生」に入店し、料理人として腕をみがく。この頃から店は日本料理のほか、ウナギ料理にも力を入れるようになり「うなぎの康生」の名声が地元に浸透する。病で倒れた父親に代わり、ウナギをまかされるようになってから20数年、いまも日々新たな気持ちで板場に立つ。

シラスウナギの不漁から値上げを余儀なくされ、取り巻く環境は厳しさを増すばかりだが、「お客の食べる回数が少なくなっているから、よりおいしいウナギを提供しないともっと離れてしまう」。ウナギの品質には徹底してこだわり、その時期にもっとも優れたものを産地から取り寄せる。

今年で85周年を迎えるのを機に2月の期間中、料理の一部メニューを大幅値引きする新たな取り組みも行う。「一年でウナギが一番おいしい時期。価格的には厳しいのですが、その味を覚えてまた来店していただければ」。料理だけでなく、店内に流れる時間や広がる空間、客席からの庭園の眺めにまで心を配る生駒さん。受け継いだ伝統を守り、昇華させていこうとする確かな意志をそこに感じた。 

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