里山川海を歩くライターの活動記録

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〈新美貴資の「めぐる。(41)〉地元を元気にしたい うなぎいも協同組合理事長 伊藤拓馬さん

〈『日本養殖新聞』2015年11月15日号掲載、2020年4月17日加筆修正〉

静岡は遠州の中核都市、浜松。早くから養鰻が発達した地として知られ、昭和の最盛期には新幹線の車窓からも、水車がまわり鏡面のようにかがやく池があちこちで見られた。往時に比べ養殖業者の数は減り、生産量も減退したが、ウナギ料理を提供する専門店はいまも数多く、蒸しを入れる関東と地焼きの関西の、調理法が異なる東西の境にあって豊かな食文化が栄える。

ウナギの生産と消費の両方がここまで盛んな地域は、全国でも他にはない。深く結びついた風土とひとの営みが、固有の伝統と文化をつくる。浜松といえばやっぱりウナギなのである。

11月に入ると冷え込みが増し、冬の気配は一気に強まるも、この日は春のような陽気。多くのビジネスマンや買い物客らでにぎわう浜松駅から車で15分くらいの、卸売業を中心とした中小企業が集まる南区の卸本町で降りる。たくさんの事業所が並ぶ通りに、浜松の新たな名物をつくる「うなぎいも協同組合」の事務所があり、理事長の伊藤拓馬さん(37)が迎えてくれた。

うなぎいもとは、浜名湖で養殖されたウナギの頭や骨などの残さを肥料にして育てたサツマイモのこと。「紅はるか」という品種を育成し収穫した後、しばらく期間を置いて行うサンプル調査で、糖度が35度以上のもののみを認定した特別なイモだ。

その焼き芋を味わうと、ぱさつかないねっとりとした口当たりで、濃厚な甘さと旨みが後をひく。このうなぎいもを使ったプリンやタルト、サブレなどが、地元のさまざまな事業者によって製造され、現在までに認定されたブランド商品は35を数えるという。これらの商品は、うなぎいもの愛らしいキャラクター「うなも」とともに、地元を元気にする新たな特産として注目を集める。

このプロジェクトが、伊藤さんの勤める造園会社「コスモグリーン庭好」で始まったのは5年くらい前のこと。当時、同社は農業参入を果たしてサツマイモを生産し、独自で販売・加工を行っていたが、「ブランド力がなく、安くしないと売れない」という問題に直面していた。

浜松らしさとはなにか。「よそから来たお客さんを案内するのはウナギ屋。浜松にはウナギがある」。社内で、草木の廃棄物をたい肥化し、再利用する仕事についていた伊藤さんは、ウナギの残さを畑に入れ、サツマイモの栽培に活かすアイデアを思いつく。たい肥をつくるうえで必要となる乾燥や粉砕などの設備や技術はあった。廃棄物業者と連携し、協賛してくれた店や加工業者などからウナギの頭と骨を集め、取り組みをスタートさせた。当初は脂の多いウナギを肥料にするのに苦心し、「つねに失敗し続けた」。伊藤さんは苦労の連続だったプロジェクトの当初を振り返る。

浜松特有の長い日照時間により地熱の上がる砂地の遠州浜では、昔からイモづくりが盛んだった。肥料に使うウナギの残さには、マンガン亜鉛、鉄分などが多く含まれており、伊藤さんはうなぎいもの成長や味に「よい効果をもたらしているのでは」と話す。

うなぎいもは、高級感や健康によさそう、元気になりそう、といったウナギの持つイメージと重なり、早くから注目を集める。同組合では、生イモを販売する他、イベントなどで焼き芋を提供。同社でも、うなぎいもを使ったプリンを開発し、人気を得た。またタルトやどら焼き、かりんとうなど、他の事業者によるブランド認定商品も浜松駅や道の駅などで販売され、知名度はさらに上がる。認定商品は今後さらに増えそうで、すでに進めている生イモの輸出も、さらなる拡大を目指す。

いまは需要に生産が追い付かない状況で、耕作地を増やすのと、収穫したイモの品質管理の向上が課題。組合員の生産者や賛同してくれる事業者、行政などと一緒に、浜松を元気にしようと取り組む。

「うなぎいものテーマパークをつくりたいです。畑があって、肥料の製造や商品の加工場、お菓子の売り場があって、いろんな体験ができる施設です」。伊藤さんに将来の目標をたずねると、わくわくするような答えが返ってきた。このプロジェクトの責任者である一方、同社でのリサイクルの仕事もあり、忙しい毎日を送る。

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