里山川海を歩くライターの活動記録

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【DoChubu掲載】〈山県市特集〉天日と寒風でじっくりと仕上げる。 冬のおとずれを告げる伊自良の連柿

〈『DoChubu』2011年12月1日更新、2020年4月22日加筆修正〉

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家の軒先にずらっとつらなる連柿。伊自良地区では毎年初冬に見られる光景です。写真は2011年11月24日に撮影

12月の特集の取材で訪れたのは岐阜県の山県(やまがた)市。ちょうど岐阜の南西部のあたりにあって、南北に長くのびた地域です。山と緑にかこまれ豊かな自然が広がる同市では、四季の移ろいを楽しむことのできる景観スポットが各所にあり、長い歴史をもつ寺や神社も多く、伝統的な祭りがいまなお続く、自然と歴史を感じさせるところです。

そんな同市では、冬の訪れとともに「連柿」と呼ばれる干し柿づくりが始まります。地元農家の軒先につるされる、たくさんの柿の実を鑑賞しようと、最近は遠方からやって来る観光客も多いそう。そんな初冬の風物詩になっている連柿を見ようと、同市内で柿の栽培が盛んな伊自良(いじら)地区をたずねました。

のどかな山里にみのる伊自良大実柿

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山々に囲まれたなかに田畑や民家が点在する伊自良地区

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細長くてずんぐりとした形の伊自良大実柿

山県市を訪れたのは11月半ばのこと。日中は暖かい日がしばらく続いていたものの、この日はあいにくの曇り空ですこし肌寒い天気。どころどころで小雨に降られながらも、車は山県市の中心街を通りすぎ、進路をそのまま北にとって目的地の伊自良へ。

進むほどに民家は減って田や畑が広がり、視界はどんどん開けてきます。さらさらと流れる清流にそって、左右から迫ってくる山々の合間をのんびり走っていくと、あたりにはのどかな山里の雰囲気がただよってきます。

伊自良のあたりに近づいたのか、しっかりと色づき、たわわになっている柿の実があちこちに見えます。どんよりとした曇り空のもと、目に飛び込んでくるたくさんの柿色。山里に自然の明かりをともしているようで、周囲の風景にすっかり溶け込んでいました。小雨が降って程よくうるおっている冷たい空気はとてもすんでいて、深呼吸してすいこむとなんだか気持ちも落ち着いてきます。

連柿づくりに適した気候と風土

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伊自良大実の柿を手にとって慣れた手つきで皮をむいていく早瀬さん

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柿の皮をむく専用のカンナを使いあっという間にむいていきます

この日お話をうかがったのは、伊自良の長滝というところで農業を営んでいる早瀬武侍さん。伊自良で生まれ育ち、50年以上にわたって連柿をつくり続けています。早瀬さんは、地元の生産者で組織する伊自良連柿生産出荷振興協議会の会長を務めています。

明治時代の頃には、すでに盛んだったという伊自良での柿づくり。この地区だけに伝わる独特な干し柿のつくり方を、さっそく教えてもらいました。干す柿には、「伊自良大実(おおみ)」という、ちょっと細長いずんぐりとした形の渋柿を使います。

この実の皮をむいて硫黄で燻蒸(くんじょう)し、竹串にさしてワラで編んでいく。さらに軒先につるし天日で干していくのです。天日でじっくり干し、寒風にさらして乾燥させていくと、1ヶ月ほどで柿色からあめ色へと変わり、甘みのぎゅっとつまった干し柿ができあがります。

ここでの干し柿づくりの大きな特徴は、手製の竹串に実を3つ通して、長いワラでその竹串を10段に編んでつるすところです。1本のワラ(1連)につるす柿は30個。この1連の長さは1メートルほどにもなります。この独特の製法が、伊自良では代々伝わり、変わることなくいまに続いているそうです。

実の乾燥が均一になるよう、収穫した柿は4つのサイズにより分け、それぞれにあった長さの竹串を通していきます。1本のワラにつるす実の大きさをそろえることで、仕上がりにばらつきがでないよう工夫しています。収穫して皮をむいた実は、硫黄で燻蒸すると色づきがよくなるそうです。

「このつくり方は日本全国どこへいってもないんや」と話す早瀬さん。干し柿に使う伊自良大実という柿も、この地区で栽培されている特別な品種で「甘みもいいし匂いもいい。一番いいね」と太鼓判を押します。昼夜の寒暖の差が大きく、周囲の山からきれいな水が注ぐ伊自良の気候や風土は、柿の栽培だけでなく干し柿づくりにも適しているようです。

1分間に5個をむくという、早瀬さんの皮むき。細長い小さなカンナを軽くにぎり、やわらかな柿の実をなれた手つきでスルスルとなめらかにむいていきます。

一生懸命にやる

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きれいにむかれた伊自良大実柿。干し柿の作業はすべてが手作業です

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早瀬さんの自宅の軒先につるされたたくさんの連柿。その一つひとつは手作業で、毎日天候をうかがいながら色づき具合を見守っています

おいしい柿をつくるために大事なことはなにか。早瀬さんに尋ねると同時に返ってきた言葉が「天候」との答え。寒さと日光。そして好天が続けばよい色の柿ができるそうです。

天日にさらし、自然にまかせてじっくりと仕上げる干し柿ですが、よい柿をつくるうえで大切なのが日ごろの木の手入れです。柿の木は成長が早くぐんぐん枝を伸ばすため、実がなりすぎて質が落ちないよういくつかを摘み取る摘果(てきか)という作業が欠かせません。

実の摘み取りからサイズ別により分け、皮をむいて竹串にさし、ワラで編んでいく。干すまでの一連の工程はすべて手作業です。人の手によって準備が整えられ、自然によって甘みがぐっと引き出され完成する干し柿は、両方の息がぴったりとあって、初めておいしいものができるのかもしれません。

ワラで編まれ竹串にささった柿が連なる伊自良の干し柿は見栄えがよいことから、贈答品や縁起物として、人気が高まっているそうです。

早瀬さんは地元の他の農家の方と一緒に、毎年近所の小学校の子供たちに連柿づくりを教えています。大勢の元気な子供たちを相手につくり方を指導する、楽しいにぎやかな光景が浮かんできます。子供たちと一緒につくった干し柿は、学校で天日に干して熟成させ、全校生徒が味わうそうです。

「一生懸命やるつもりでおるよ」。早瀬さんはこれからもよい柿をつくり続け、伊自良の干し柿をたくさんの人に食べて欲しいと、にっこり笑みを浮かべ語ってくれました。

取材でうかがったときはまだ暖かい天候が続いており、早瀬さんのところでは連柿づくりが始まっていませんでした。後日あらためて早瀬さんのお宅を再訪。軒先が柿色で染まる立派な連柿をながめ、レンズにおさめました。

伊自良の連柿は、市内のてんこもり農産物直売所、しゃくなげの里などのお店で扱っています。販売期間が限られていますので、詳しくは山県市のホームページ内にある観光ガイドをご覧になってお問い合わせください。(新美貴資)

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