〈『DoChubu』2012年9月17日更新、2020年4月23日加筆修正〉
岐阜県のほぼ真ん中に位置する関市。関といえば、歴史のある刃物づくりや小瀬鵜飼などが有名ですが、豊かな森と清流によって営まれる農林業もとても盛ん。市内では米のほか、多くの野菜、果物が栽培され、酪農や牛、豚、鶏の畜産業も活発です。
そんな同市を訪れて向かったのは、「ふる里農園美の関」。約6万坪の農園が広がるなか、とれたての新鮮な野菜や果物を買うことができる直売所、収穫した野菜を調理して味わうことができる食品加工体験施設、さらには市民農園など、さまざまな施設が一体となった、地域の農業交流の拠点となっています。
さえぎる物のない、ずっと先まで続く農園の広大さに気分をよくし、まわりの緑と土に目を奪われながらも、まずは事務所のある直売所の建物へと向かいました。
農業を知ってもらいたい
2006年4月にオープンした「ふる里農園美の関」は、今年で7年目を迎えました。応対してくれた農園の生産部長・高井博史さんによると、「販売だけでなく、畑も体感してもらおう」「地元の人に農業を知ってもらいたい。とれたものを味わってもらいたい」との思いから始まり、現在にいたっています。
農園には、交流施設として野菜や果物の直売所、食品加工施設や加工体験施設があり、中部地区最大級というイチゴハウスのほか、トマトハウス、ブルーベリー園、市民農園、バーベキューハウスなどが整っています。食についてゆっくりと考え、経験し、味わって楽しむ。そして命をつなぐ食料を生産することの大切さについて学ぶ。農園では、さまざまな体験を通して、農業の魅力を伝える活動に力を入れています。
多くの種類の野菜や果物のほか、さまざまな加工品などであふれる直売所。年間で700から800もの品目を扱うそうで、その数の多さに驚きました。市内はもちろん、各務ヶ原や美濃、名古屋市からも新鮮な農産物を求めて客は訪れます。
この直売所には、農園で栽培されたもののほかにも、ハチミツや花きの生産者をふくめた約120名の近隣の農家が登録しており、季節に応じた旬のめぐみを運んできます。登録している生産者の平均年齢は60歳を超えるものの、いまも現役で活躍する元気な方ばかり。そんな農家のみなさんにとって、大切に育てた野菜や果物を持ち寄り、地域のなかで販売することができる農園の存在はとても身近で、大きな励みにもなっているはず。農園があることで地元の農業が維持されている面もあり、「次の世代の生産者を育てる」という課題の解決にもつながる、重要な役割を担っているといえます。
農園でのこだわりは、作物の出来上がりの見栄えよりも、「食べた人がリピートしてくれるようなおいしい品種」を選んで栽培すること。使用する農薬は極力減らして、肥料には鶏糞などの有機肥料をできるだけ使っています。
直売所で扱う商品については、「個々の農家さんの特長をいかす」ことを尊重。「一生懸命考えたほどほど」の感覚を大切にしながら、日々の運営を行っています。こうした高井さんの一つひとつの言葉から、農園には食のプロセスをゆっくりと噛みしめて楽しむ、大地に根ざしたスローフードのようなおおらかな考えが浸透していることを実感しました。
トウモロコシの甘さにびっくり
農園では年間を通じてさまざまな催しが開かれています。イチゴのつみ取り体験(1~5月頃)、オープン記念祭(4月末)、ブルーベリーつみ取り体験(6月頃)、トウモロコシ収穫祭(7月頃)、夏祭り(8月頃)、秋の収穫祭(10月頃)など。この他にも、畑で土に触れながら行うゲーム、料理教室、空き缶でつくる竹馬体験、輪投げ、羊の餌やりや毛刈りなど、大人から子どもまで、家族や友人同士で楽しめる催しが随時企画されています。
なかでもとくに好評なのが収穫体験。高井さんは、「果物がどう実っているのか知らない人がいる」「一番大きくなっているところへ案内すると驚かれます」と、参加者が見せる反応についてうれしそうに語ります。
そんな話をうかがいながら、農園のなかにある施設のいくつかを案内してもらいました。トマトのハウスでは、甘みと酸味、皮の厚さ、質感のバランスが大事だという話を聞き、トウモロコシのハウスでは、茎から細長いタケノコのようにふくらむ実をもぎとって味わいました。
もっともおいしい、茎の一番上になっていたものの皮をむいていくと、真っ白なみずみずしいトウモロコシの粒が現れます。思い切り口をあけてかぶりつくと、その甘さにびっくり。その場にいた一同が驚きの表情を浮かべて「甘い」と叫び、その後も口にふくむたびに同じ言葉を何度も繰り返します。これまで茹でたトウモロコシは何度も食べてきましたが、生で味わう「雪の妖精」という品種のこの甘さは別の次元。記者の予想をはるかに超えていました。
その後は東海地区最大級といわれる広さのブルーベリー園へ。トウモロコシを夢中になってほうばりながら、畑のなかをゆっくりと歩をすすめ向かいます。ブルーベリーの胸ぐらいの高さの木に近づいて顔をぐっとよせると、まだ緑のものにまじって薄い紫をした丸い小さな実がいくつもなっていました。ブルーベリーがなっているのを見るのは初めてのこと。さっそく熟した実を一つひねって、口のなかへと入れました。独特の酸味の後から甘みがじんわりと広がってくる、とてもさっぱりとした味わいで、食べ始めたら止まらなくなってしまいました。
こんなわずかな間でも、いろんな驚きがあって、楽しむことができる。農園を訪れて、新鮮な体験をたくさん得ることができました。
地元農業の架け橋に
ただ買うだけでなく、いろんな体験を楽しみたいと、昨年は約13万人の来場者が農園を訪れました。今年の5月末までの来場者は、昨年の同時期に比べて3000人近く増えており、農園ではこの一年で5000人ぐらいの増加を見込んでいます。いつ来ても、季節ごとの旬の野菜や果物があり、さまざまな催しや体験ができることからリピーターも多く、なかには年に5回農業体験をしに訪れるという客も。地元の農家にとっても、農園での交流を通じた客とのふれあいは、大きな喜びとやりがいを生んでいるようです。
高井さんからうかがうなかで一つ印象に残ったのは、以前に名古屋であった直売イベントで、葉つきのニンジン450本が2時間で完売したというお話。大量生産・大量消費が主流を占める世の中にあって、流通の邪魔になる葉っぱは取り除かれて販売されるのが当たり前になっていますが、天ぷらなどにして食べる方法を教えると、消費者は喜んで買っていくそうです。この話を聞いて、農業の秘めた可能性を大いに感じ、農園が果たす役割の重要さにも気付かされました。
農園での仕事について、「みんなで一緒に創造していく楽しみがある」と言う高井さん。オープンしてから6年。毎年いろんな催しの企画を考えて増やし、農園の魅力をふくらませてきました。その原点には、地元の農業の振興と地域の活性化があります。多くの人に農業に関心をもってもらう、そのためのきっかけづくりを提供する。昨年初めてスタートさせたそばづくり。とれた野菜や果物を使い、近隣の飲食店と共同して行う新たな商品づくり。料理人と連携して開く教室など、すでに動き始めている新たな取り組みはまだまだたくさんあります。
「やることはいっぱいある」。そう語る高井さんの表情はとても輝いていて、なんだかとてもうれしそうに見えました。大切な食料産業を次の世代へつなぐ「地元の農業の架け橋」として、農園に寄せられる期待はますます高まりそうです。(新美貴資)