里山川海を歩くライターの活動記録

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【DoChubu掲載】ウエカツさんを講師に招き旬はずれのスズキを調理!第50回「味わって知る わたしたちの海」

〈『DoChubu』2012年5月3日更新、2020年4月22日加筆修正〉

伊勢・三河湾とその流域でとれる旬の魚介類を調理して味わう、なごや環境大学の人気の講座「味わって知る わたしたちの海」(主催:伊勢・三河湾流域ネットワーク、山崎川グリーンマップ)の2011年度の第8回目が2012年1月21日(土)午前10時より、名古屋市東区のウィルあいち(愛知県女性総合センター)で開かれました。

2006年から始まり50回の節目となる今回は、魚食復興の請負人として全国で活躍する、水産庁研究指導課情報技術官の上田勝彦さんを講師にむかえ、一般から主婦ら約20人が参加。この時期に伊勢・三河湾でよく獲れるスズキを丸ごと味わう内容で、調理実習が行われました。

午前の講座に続いて、午後からは「魚食力の復興」をテーマにした第20回山川里海セミナー(主催:同ネットワーク)が催され、上田さんが「日本人と魚食」、三重県水産研究所主任研究員の竹内泰介さんが「『さかな』を食べるとヒトと海が健康になる話」と題して講演。日本福祉大学教授の磯部作さんの司会で、集まった約50人の参加者からはいろんな質問が寄せられ、活発な意見交換が行われました。

漁師を支えるのはみなさんの魚食力

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魚食の復活にむけて全国で活動を続けているウエカツさん

全国を飛び回り魚食の魅力を発信し続けているウエカツさん。ウエカツさん、またはウエカツ水産といった愛称で、テレビやラジオ、雑誌などで幅広く活躍していることから知っている方も多いはず。島根県の出身で、長崎大学水産学部を卒業。学生時代から各地の漁村を行脚し、元は漁師でいまは水産庁の職員という、異色な経歴をもっています。

水産庁では、南氷洋の調査捕鯨、太平洋でのマグロ漁場の開拓、全国でも有数の水揚げを誇る漁業の盛んな鳥取・境港で資源管理などに携わり、2011年より現職となり霞ヶ関で勤務。多忙をきわめる仕事の休日には、全国各地で講演や料理実習の講師をつとめ、魚の品質向上や商品開発などについてうける相談も多く、漁業の活性化につながるアドバイスを送って浜での取り組みを後押し。魚食推進団体「Re-Fish」の代表も務めています。

この日を楽しみにしていた参加者が会場の調理室に集まり、ウエカツさんの実習が始まりました。「みなさんに魚をしっかり食べていただいて、漁師を支えてもらわないと。食べる人がいるから獲る意味、つくる意味もある。漁師の生活を支えるのは、みなさん一人ひとりの魚食力なのです」。参加者を前にしてウエカツさんは呼びかけます。

実習のテーマは「冬のダメなスズキを旨く食う」で、「塩スズキ(和・洋・中)」「スズキの塩煮」「スズキのフリット(チーズ・大葉巻き)」「スズキの炊かず飯」の4品をつくりました。

夏場が旬で、洗いや刺身、塩焼きなどにしてもうまいスズキ。伊勢・三河湾では寒い時期にもたくさん獲れるのですが、冬から春にかけては産卵にそなえ卵巣に栄養をたくわえるため、体のほうはやせてしまいます。

この日扱うスズキについて、ウエカツさんは体がやせてウロコははがれ、目が白濁している点などを指摘。魚の健康状態を瞬時に見極め参加者に説明します。旬の時期がはずれているうえに、状態はかなり悪いようですが、その魚をどういかしてうまい料理に仕上げるか。今回の大きなテーマとなりました。

塩でしめて味わう

実習を始めるにあたり、ウエカツさんはまず参加者に魚のにおいをかいでもらいます。スズキには生ぐささ以外にも、独特の青くささがあると言うのです。たしかに顔を近づけると、思わず顔をしかめてしまう嫌なくさみを放っています。こうしたくさみは、雑菌の繁殖によって発生するのだそう。魚の部位で雑菌がもっとも多いのは、食べたものがとおるお腹から肛門にかけて。ヒレやウロコにもたくさんついています。

まずはこうしたにおいの元となる部位を、きちんと取り除きます。雑菌だらけのヒレは、先端が刺さると危ないし、調理のじゃまにもなるため、キッチンばさみでカット。ウロコもスチールウールを使ってしっかり落としていきます。雑菌の多い内臓は、傷つけないようその周囲に包丁の刃を入れていきます。さばき方を参加者によく見てもらい、一つひとつの工程についてポイントを的確にわかりやすく説明し、実演を行うウエカツさん。無駄のない正確な包丁さばきに、参加者からは「すごい」と驚きの声があがります。

ヒレやウロコ、内臓を取り除いた魚は、流水にあてながら「魚をみがくイメージ」で歯ブラシをつかってきれいに。においはだいぶ取れましたが、さらにくさみをとる技としてウエカツさんが用意したのは塩とお酒です。

まずは魚の身にたっぷりの塩をすりこみ、すぐに水で洗い流します。続いておちょこ一杯ぐらいのお酒をふりかけ、全体になでつけると、こちらもすぐに洗い流します。水分をよくふきとった後でにおいをかいでみると、先ほどまで残っていたくさみはすっかり消えてしまい、これには参加者のみなさんも全員がびっくり。牛や豚、鶏の肉とちがって、魚の肉自体にはくさみがないため、いろんな料理で味わうことができるとウエカツさんは話します。

皮をはいだスズキの身を塩でしめ、細切りにしたものを和洋中の味付けでいただきます。塩につけるのは長くても10分ほどで、身が「汗をかいてきたら洗っていい」。実習の途中で、塩をしたスズキが参加者にふるまわれました。

まずはワサビだけをつけて試食してみると、くさみのぬけた新鮮な身に適度な塩気がきいて、とてもさっぱりとした味わいです。このほかにも、長ネギやタマネギをあえ、オリーブオイルとレモン汁をたした洋風。しょう油とごま油を加えた中華風もいただきました。
ともすれば魚の味を消してしまう、味の濃いしょう油とは違って、魚がもっている本来のうまさをそのままシンプルに堪能できる食べ方。これまで口にしたことのない新鮮な味わいで、参加者からは「おいしい」といった声が多く聞かれました。

参加者全員で楽しく調理

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チーズと大葉を巻いたボリュームたっぷりの「スズキのフリット

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講座で調理した「塩スズキ(和・洋・中)」「スズキの塩煮」「スズキのフリット(チーズ・大葉巻き)」「スズキの炊かず飯」の4品

このほかにも、チーズと大葉をスズキの身で巻いてカリっと揚げた、ボリュームたっぷりのフリット。スズキの頭や中骨などからダシをとり、相性のいいタマネギ、大きめに切ったジャガイモを加えた塩煮。細かくした身に塩をまぶして酒をふり、皮も一緒に炊きあがったご飯にまぜ、余熱で蒸らして仕上げる炊かず飯をつくりました。

魚をさばくときの包丁の持ち方は、人差し指を峰にかけて刃先の感触が伝わるように。野菜を切るときは、握手をするような形で。どんなときも共通するのは、小指をきゅっとしめて、あとの指はそえるということ。「肩の力がぬけるから、料理をいくらしても肩がこりませんよ」。ウエカツさんのアドバイスに大きくうなずく参加者のみなさん。

魚を使った炊き込みご飯は、温かいできたてはおいしいけれど、冷めると生ぐさくなってしまう。「魚の脂は酸化しやすい。高温で長時間加熱して冷めると一気に酸素とむすびついてしまう」。だったら最短の時間で加熱したらどうかと、ウエカツさんがつくってみたのがこの炊かず飯。最初に試してみたのはマグロで、いろんな魚でおいしく味わえるのだとか。マイワシも皮ごと炊いて、翌朝冷めたものをお弁当に入れても、くさみはまったく気にならなかったそう。皮やスジも、加熱することによってあっという間にやわらかくなり、おいしくできあがります。

実習では、魚の皮のじょうずなはぎ方や身の切り分け方、アクをうまくとるコツや便利な調理道具のおすすめなどをアドバイスしながら、一つひとつ理にかなったウエカツ流の調理法を伝授。ウエカツさんが実演した後、参加者のみなさんもグループにわかれてスズキの料理に挑戦。完成した料理を全員で味わいました。

魚食力の復興をテーマに意見を交換

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多くの人々がつめかけた第20回山川里海セミナー

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左から司会の磯部作さん、パネラーの竹内泰介さん、ウエカツさん

「魚食力の復興」をテーマに午後から開かれた第20回山川里海セミナーでは、まずウエカツさんが「日本人と魚食」について講演しました。

ウエカツさんは、魚離れが指摘されるようになった30年ぐらい前から現在にいたるまでの、魚食がたどってきた衰退の過程について説明。国土は小さいものの世界で有数の長い海岸線をもつ日本では、昔から食料の多くを水産物に依存してきたこと。植物プランクトンから大型魚まで、あらゆる階層から偏りなく食物を摂取するのが、人間が自然界で生き残るうえで重要としたうえで、魚食の復活は「日本の最重要課題である」と話しました。

長い間にわたって魚は右から左へと売れて、ていねいにお客に情報を伝えて売る人がいなくなってしまった結果がいまの状況であるとし、消費者が魚から離れてしまったのではなく、魚を扱う生産、流通、小売り関係者が「努力を怠って、魚から消費者を離してしまった」部分もあると指摘。魚食を推し進めるため休日に魚屋で立ち売りを行っている自らの経験から、魚食力を取り戻すためには、「すみずみまで魚を知り、魅力を発信できる人が必要。お客さんは知らないものは食べない。知っているものにしてあげれば食べてくれる」と話し、生産と消費をつなぐ人材が必要であることを強調しました。

また、沿岸の資源を国民共有の財産と仮定したうえで、漁師は国民にかわって魚をとる代行者であり、資源を守りながら漁獲しなければならないこと。魚をとることを依頼した国民は、適正な値段で購入し、漁師の生活を支えていく役割があると述べました。集まった会場の人々にウエカツさんは、「みなさん一人ひとりがつながって、もう一度日本の食を再構築し、魚食力を高めていかなければならない。一緒にやりましょう」と呼びかけました。

続いて講演した竹内さんは、地元の海である伊勢湾について、生き物たちの命のつながりである生態系や人間の活動によって汚れてしまった現状などを説明。豊かな海を未来に残すため、わたしたちができることを提案しました。

竹内さんは、湾内が広くて浅く、湾口が狭いため汚れやすい点を伊勢湾の特徴にあげました。海へ行っていなくても、魚を食べていなくても、使った水道水はかならず海へ流れていき、汚れたものを流せば海の環境は悪くなると述べ、一人ひとりが海と関わっている自覚をもつことが大切だと訴えました。

また、波によってたくさんの酸素が溶け、有機物をこしとって食べる多くの生き物がくらす干潟には、大きな浄化能力があることを説明。1ヘクタールの干潟には、1万人分の生活排水を浄化する能力があること。アサリは1個で1日約10リットルの水をろ過し、1メートル四方の干潟には1000個を超えるアサリがすむこともあると報告。こうした干潟の多くが埋め立てによって失われ、人間が汚れた生活排水を流し続けた結果、伊勢湾の海底にはバクテリアによって分解されないまま、有機物などの泥がたい積している現状を解説しました。

バクテリア有機物を分解する際に酸素を必要とするため、大量のヘドロがたい積する海底には酸素の欠乏した「貧酸素水塊」が形成されます。竹内さんは、この水塊が陸から吹きつける風によって表層へとわきあがり、魚や貝の大量へい死を引き起こしていると説明。たくさんの生き物の命が失われてしまう悲惨な状況について、「わたしたちの日常生活の一部が原因になっているのかもしれない。知らないでは済まされないのでは」と述べ、人と海が密接につながっていることを会場の人々に伝えました。

人間が海へと流すチッ素やリンを、植物プランクトンや魚、貝、バクテリアといった生き物たちの命のつながりのなかで、ふたたび食料の水産物として陸へリサイクルする。こうした循環を可能とする豊かな海づくりを目指すべきだと竹内さんは話しました。また、わたしたちが海に流したものをふたたび水産物という形で取り上げる観点からも「地域の漁業を大事にして、もっと地元の魚を食べてほしい」と述べました。

講演の後は磯部さんの司会で質疑応答にうつり、資源を守りながら獲る漁業のあり方、魚つき林や魚礁の造成などを含めた豊かな海づくり、生き物が豊かに暮らせる環境など、魚食をふくめたさまざまな内容についてパネラーと参加者とで意見が交わされました。

午前は調理実習、午後は講演・意見交換と、魚食を大きなテーマに開かれた今回の催し。多くの参加者が調理して味わい、また講演を聞き、意見を交わすことで魚食の魅力をより深く体感できたのでは。多くの恵みをもたらしてくれる地元の海の伊勢湾は、わたしたちと密接につながっています。このことについて一人ひとりが理解を深め、広めていくことが、豊かな海を未来へ残していくうえでの大きな力となり、さらには魚食力の復興をより強力に推し進めることにつながるのだと感じました。(新美貴資)

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