里山川海を歩くライターの活動記録

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〈新美貴資の「めぐる。(4)」〉飽くなき探究心をもち続ける うなぎ専門店「新城」店主 山下栄司さん

〈『日本養殖新聞』2012年9月15日号掲載、2020年4月13日加筆修正〉

三重県の桑名といえば、木曽三川の河口で獲れるハマグリやシジミが古くからの特産として有名だが、養鰻も昔から盛んなところ。かつて全国有数のウナギ生産県であった三重においては、いまも変わらずこの地のものが主流を占める。最盛期に比べて池の数は大きく減ったが、良質な地元産のブランド「木曽三川うなぎ」は確固たる地位を築いている。

多くの魚貝に恵まれ、歴史の面影を残す城下町で、ウナギの専門店として人気を集める「新城(しんじょう)」。街の中心にある店は、昼時になると豊かな滋味を求める多くの客で埋まる。蒲焼きの外はパリっと香ばしく、中はふっくらとやわらかい。口の中に入れると、ウナギの風味がいっぱいに広がり、うま味があふれでる。その味わいには、地元の養鰻業者も太鼓判を押す。

この店で30年にわたりウナギを焼き続けるのが店主の山下栄司さん(56)。魚屋「魚城(うおじょう)」の長男として桑名で生まれ育ち、別の仕事に就くなど若干の曲折をたどった後、父親が新たに開いた「新城」に入り修行を重ね、跡を継いで現在にいたる。

入店した当時、ウナギが売れたのは夏場がほとんど。蒲焼きだけでは営業が成り立たず、季節にあわせて焼き魚や鍋なども提供した。父親を師匠に、本店の魚屋で働いていた弟や義理の兄から教えを受け、魚の扱いについて修練を重ねた。なかでもウナギについて、「最初の頃はすべてのことに苦労した」と当時を懐かしむ。

そんな山下さんがこれまでを振り返り転機の一つにあげるのは、地元でウナギ専門店としての名声を確立し、順調な道を歩み始めていた18年ほど前のこと。ウナギ屋の開業を目指す、自分よりも年長のある人物との出会いだった。

「その人がどんどん質問してくる。こちらも聞き返すなかでウナギの奥深さを知った。この人と会わなかったら親父のやり方が一番の井の中の蛙で終わっていた」。

この人物はそれまでの経験を十分にいかし、現在は愛知県の名古屋に評判の店を構える。山下さんとはいまも連絡を取りあい、切磋琢磨する仲だ。

ウナギへの飽くなき探究心をもち続ける山下さん。若い頃から多くの店を食べ歩き、自身の舌で確かめ、ときには直接その店の職人から話も聞いた。こうして築いた交友は各地に広がり、より美味な蒲焼きの完成を目指す山下さんにとって、大切なつながりになっている。

「素材が7割、火の使い方が3割」という蒲焼きは、腹開きしたウナギを串に打ち、炭火でじっくり地焼きして仕上げる。甘めのタレには、市内の蔵で醸造されたたまり醤油が使われ、地元を大切にする思いがこもる。周年で手に入る品質の安定した「木曽三川うなぎ」をいかして、「うまいと言って黙々と食べていただける、そんなウナギを焼き上げたい」。穏やかな笑みを浮かべる山下さんの表情には、一点の曇りもなく清々しさが広がっていた。 

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