里山川海を歩くライターの活動記録

水産のいろんな世界を歩き見て、ひとの営みや暮らしを伝えています

〈新美貴資の「めぐる。(12)」〉自然をよく知り味方につける プロ釣り師 天野勝利さん

〈『日本養殖新聞』2013年5月25日号掲載、2020年4月14日加筆修正〉

1000メートルを超す山々が四方にそびえるなか、商店や民家、田畑が点在するのどかな山里が広がる。清らかな流れからうまれる心地のよい響きが、身体の芯まで伝わってくる。青空からそそぐ陽光は穏やかで、澄んだ空気に包まれた、水と緑を基調とした景観がどこまでも続く。

訪れたのは岐阜県下呂市萩原町。豊かな水にめぐまれた地域の象徴である益田川が、町の中心を勢いよく流れる。釣りのシーズンである春から秋にかけて、多くの人々が訪れ、アユやイワナ、アマゴなどを狙って竿をのばす。この益田川沿いに店を構えるのが食事処・宿「あま乃」。川魚や山菜、猪肉など地元の食材を使った料理や、鶏肉を使ったこの地方の郷土料理「鶏ちゃん」を味わうことができる。家族と店を営むのは、天野勝利さん(69)。プロの釣り師として国内外の渓流で活躍する、自然を知り尽くした達人である。

釣具メーカーのインストラクターを務める天野さんは、鮎釣りや餌釣り、毛ばりを使った伝統的なテンカラ釣りの名人として知られる。プロが競うトーナメントでも常に上位を占める腕前で、各地で開かれる釣り教室にも講師として招かれる。トッププロとしてさまざまな取材にも応え、シーズン中は各地の渓流を釣りあるく。

どうすれば名手の域に近づくことができるのか。天野さんは「自然をいかにして味方につけるか」にあると、瞳を輝かせて熱く語る。自然の息吹を日々正確にとらえ、記憶に刻みこむ。この年月の積み重ねが熟達した技をうみ、釣果をもたらす。天野さんの五感は、魚のいまを知る証となる、川のなかの環境や生き物たちの様子はもちろん、山の雪解けやヨモギの葉の伸び具合、ネコヤナギの芽の吹き方といった、自然界のあらゆる事象にそそがれる。季節の訪れや変化を、暦ではなく自然のなかからよむ。そこから狙う魚の状態、そのときどんな川虫や水生昆虫を多く捕食しているのかまでを把握するのである。「餌とり上手は釣り上手」。何度も口にするこの言葉には、深い意味がこめられている。

萩原町で生まれた天野さんは、幼い頃から身近にあった、魚やたくさんの生き物であふれる沢や用水などを遊び場にして育ち、釣りに熱中した。当時は益田川にもウナギは多く生息し、はえ縄のように幹糸に5、6本の釣り糸をつけてアユやドジョウなどを針にかけ、重石をむすんで放る「おきばり」や、餌をつけた釣り針を竹の棒をつかって川底の石の隙間に仕掛ける「さしこみ」で、たくさん捕まえることができたという。そんな豊かな清流も、その後に水質汚染や護岸改修がすすんでしまい、棲みかを奪われた多くのウナギが姿を消した。「海までつながっていた川がダムによって寸断されてしまった」ことも、資源の悪化につながっていると天野さんは考える。

自然とともに暮らしてきた先人の知恵を重んじる天野さんは、釣りを通して「自然との調和」を訴える。そしてそのためには「自然を知ること」が大切であると説く。熱のこもった一つひとつの言葉には、自然に対する限りのない思いが貫かれており、深い洞察力、学ぶという謙虚な姿勢、飽くなき好奇心が全身から伝わってくる。渓流だけでなく、猟師として山にも分け入る天野さん。一年の多くを釣りと猟で暮らし、自然との対話をかさねる日々を送る。

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