里山川海を歩くライターの活動記録

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〈新美貴資の「めぐる。(22)」〉親ウナギの保護へ奔走 松文養鯉場代表 松田文男さん

〈『日本養殖新聞』2014年3月15日号掲載、2020年4月14日加筆修正〉

灰色のどんよりと曇った空からは、冷たい雨がしとしとと降りそそぐ。長い冬の眠りから目を覚ます生き物たちにとっては恵みの雨。日々寒暖を繰り返す大気の変転に確かな実感をつよめ、近づく春の訪れをゆっくりと待つ。

たどり着いたのは、岐阜県の中濃地域にあって、鳥が翼をひろげたような市域をもつ関。市内には由緒ある寺社が数多く点在し「清流の国」をうたう県がその象徴と位置づける長良川が縦走する。この清流を舞台とする小瀬鵜飼は、一千有余年にわたり連綿と続き、伝統の刃物づくりが基幹産業としていまもこの地に息づく。織り成す歴史と風土に多様な伝統文化が複合し、独特の静穏なたたずまいが広がる。

関の名物として古くから有名なのがウナギ。市内には蒲焼きの専門店が5軒あり、鰻丼を提供する和食店や寿司、居酒屋などを含めると50軒を超えるという。地元はもちろん名古屋、関西方面からも、いくつかある老舗が牽引する、レベルの高い地焼きにしたウナギを求めて人びとが訪れる。かつては地元を流れる河川でたくさん獲れ、体力を消耗する鍛冶職人がスタミナを補うために好んで食べたことから、この地でウナギの食文化が発展したという。

もう一つの名産であるアユも、甘露煮やフライ、一夜干しにしたものを丼に盛る「関あゆ丼」が各店の創意工夫によって広く浸透。その第2弾として昨年うまれた、薄切りにしてポン酢や梅肉ソース、コチュジャンなどで味わう「関あゆてっさ」も評判をよび、新たな注目を集める。

澄んだ山気が広がるこの土地でうまれ、長年にわたり変遷を見守るのは、市内で松文養鯉場を経営する松田文男さん(67)。現在5期目を迎えるベテランの市議会議員でもある。子どもの頃から、魚を捕まえたり釣ったりするのが好きだったという松田さん。その当時は、近所の用水にもたくさんの生き物がいて、夏の初めにぶつ切りにした餌のドジョウを針にかけると、何匹もウナギが獲れたという。

松田さんが自ら作ったウナギ捕りの仕掛けを見せてもらう。ウナギ針と重石のついた糸を20センチくらいの細い竹に結んだもので、竹の部分を土手にさして固定し、餌のついた針を川のなかに投げ入れる。長良川では、こうした「捨て針」と呼ぶ漁法のほか、延縄式の「長綱漁」も行われている。

市の重要な観光資源でもあるウナギの資源減少に危機感をつのらせる松田さんは、思いを同じくする仲間らとともに「親ウナギを海に帰す会」を立ち上げようと、昨年から奔走する。今春には組織を設立し、河川をくだり産卵場に向かう親ウナギの保護に取り組む予定だ。長良川のヤナ漁でかかったくだりウナギを買い上げ、河口域まで運んで放流する活動を展開する。「遡上するシラスウナギをいかに増やすか。そのためには親を守ることが大事」と言葉に力を込める松田さん。来る秋には、市の協力も得て、ウナギについて触れて学び、味わうことのできるイベントの開催も計画中で、「ウナギがどういう生き物か、多くの人に知ってもらいたい」と思いを伝える。

美しいニシキゴイの魅力にとりつかれて半世紀ちかく。博打の世界だという養鯉業だが、「愛情をかければかけるほど良く育つ」。愛鯉について語るその表情には、深い鍾愛の念があらわれる。ナマズホンモロコなども生産し、今年からはカジカの養殖にも挑戦している松田さん。地域の新たな特産につなげようと、進取の精神で養殖業の活路を模索。郷土の将来をみすえた数多の活動は、さらに勢いを増して加速する。

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