里山川海を歩くライターの活動記録

水産のいろんな世界を歩き見て、ひとの営みや暮らしを伝えています

〈新美貴資の「めぐる。(23)」〉老舗の未来を切り開く ウナギ料理店「いなりや」四代目 河合克英さん

〈『日本養殖新聞』2014年4月15日号掲載、2020年4月14日加筆修正〉

水郷地帯がひろがる岐阜県の南西部にあって、愛知と三重の両県に接し、長良川揖斐川など、いくつもの河川が南下する海津市。初春の陽気がただようなか、乗り合いバスに飛び込み、のどかな田園風景を車窓からながめる。心地よい揺れに身をまかせ、この土地の風土に溶け込んでいくような感覚をおぼえるころ、前方から巨大な朱塗りの鳥居が姿をあらわし、あたり一帯に密集する建屋と人びとのにぎわいが眼前にせまる。

連日多くの参拝客が押しよせ、観光名所にもなっている千代保稲荷神社。地元では親しみをこめて「おちょぼさん」と呼ぶ。商売繁盛や家内安全などにご利益があるという神社は、京都の伏見稲荷、愛知の豊川稲荷とならぶ三大稲荷のひとつとされ、年間200万人もの人びとが、藁(わら)を通した三角の油揚げを拝殿にそなえる。

南口にある大鳥居をくぐり、外界から神域へと足を踏み入れる。100を超える店が軒をつらねる参道には、なつかしさとあたたかみにあふれた独特の空気がただよい、老若男女の人いきれで充満する。道の両側には、名物のウナギやナマズ、モロコの川魚料理をはじめ、串かつやどて煮、草餅や漬物などをあつかう食べ物屋がずらりとならび、行き交う人びとの胃袋を刺激する。

そんな個性と魅力にあふれる店舗がひしめくなか、常連客の舌と心をつかんではなさないのが、大正年間の創業からウナギ料理を提供する「いなりや」。4代目の河合克英さん(39)が、父親の美貴雄さんとともに包丁をにぎり、家族で営む。地元で生まれ、おちょぼさんに見守られながら育った克英さん。愛知・名古屋市内の大学に在学中のころより、同市にある「ひつまぶし」で有名な「あつた蓬莱軒」に入店。厳しい修行を乗り越えて7年後に地元へもどり、職人の道を邁進する。

「ウナギはさばきたて、焼きたてが一番おいしい」。克英さんは、注文が入ると一匹ずつ腹を割って串をうち、じっくりと丁寧に焼きあげていく。初代のころから継ぎ足して使うたれにくぐらせた蒲焼きは、飴色に輝き、香ばしいにおいがあたりを包む。

「当たり前のことを当たり前にすることが、よりおいしいウナギをだす秘訣。それができて、初めていろんなこだわりがでてくるのだと思います」。一つひとつ言葉を選びながら語るおだやかな口調からは、ぶれることのない実直な信念が伝わってくる。「すべてが大事」だというまっすぐな思いは、料理の盛りつけから接客、椅子席も完備したバリアフリーの店内の造りにまでつらぬかれ、客の満足へと変換される。

ウナギの仕入れ価格が高騰を続ける苦しい状況のなか、客離れをなんとか食い止めようと、4年前からウナギを使ったピザやフリッター、三角パイなどの斬新な料理を次々と創作。手ごろな値段でウナギのおいしさを味わってもらおうと、新たな商品開発に向けて試行錯誤を繰り返す。

克英さんが、理想の店としていつも脳裏に浮かべるのが、かつて練磨をかさねたあつた蓬莱軒だ。つねに繁忙をきわめる実力店での経験は、考え方や世界観を大きく変えた。「大きな目標ができました。ここできちんと仕事をするのが恩返し」。感謝の気持ちを忘れず、歴史と伝統が息づく招福の地で、老舗の未来を切り開く。

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